* * *


 五時間目の授業終了間際、俺の隣の席で三笠が椅子から転げ落ちた。

 居眠りで転げ落ちたとか、そんな笑えるような状況じゃないことはすぐにわかった。

 荒い呼吸に冷や汗を浮かべ、苦しいのか閉じられた瞼の間から涙さえ滲み出ている。


「お、おい」


 心配して三笠へと手を差し伸べると、パシッと誰かに手を叩かれた。


「痛っ」


 振り返ると、一番後ろの席にいるはずの篠塚だった。

 何すんだよと怒ろうとしたら、逆に睨まれてしまう。


「舞に変なことしないでよ」


 その言葉に、間違いに気付いた。


「わ、悪い……」


 意識が朦朧としている時に男に触られるのなんて、普通は嫌だろう。

 自分にそんなつもりがまったくないから、逆にしてしまいそうになっていた。

 篠塚は手早く三笠のスカートを整え、駆け寄ってきたこのクラスの担任兼数学教師を見上げる。


「水谷先生。保健室、連れて行きますね」

「あ、ああ。担架持ってくるか?」

「大丈夫です」


 そう言って篠塚は、あっさりと三笠を抱き上げた。

 運動部に所属しているわけでもない篠塚に、軽々とお姫様抱っこされる三笠の軽さに驚く。

 それとも、ただ単に篠塚が力持ちなだけだろうか。


「稲葉、教科書拾っといてあげて」

「は、はい!」


 机の下に入り込んだ数学の教科書を目で示され、慌てて拾い上げる。

 顔を上げた時にはもう、篠塚は三笠を連れて教室を出ていた。

 俺は三笠の教科書についた埃を払い、折れ目を正しながら首を傾げる。

 俺と三笠の席は前から三列目。

 一番後ろの篠塚の席は前から七列目。

 なのに、水谷先生よりも先に駆けつけてきた。

 三笠と篠塚が仲がいいことは俺も知っていたけど、教室を見渡してもクラスの誰もそんな遠くから来たりしてない。

 ただ、大丈夫なのかなとヒソヒソ隣の席のヤツと喋っている程度だ。

 妙に引っかかるものを感じながらも、俺はそれが何かは分かっていなかった。

 この時は。