ああ、そうだ。

 今わかった。

 あの顔は私と同じだったんだ。

 それに気付いた時、口止めをするつもりだった稲葉と話がしたいと思った。

 同じ思いを抱える、この人と……


「あの、ずっと前に水無瀬が」


 思い出した出来事を話そうと口を開いたとき、ジャリッとアスファルトの上の小石を踏む音がした。

 誰かがこっちに来る。

 その気配に稲葉が体を震わせ、私は場所を変えようと稲葉の制服の袖を引いた。


「こっち」


 私が出てきた構内への入り口へ引っ張り、私は上履きについた土を叩いて落とす。

 稲葉は下履きを脱いで校舎に上がった。


「靴下汚れちゃうね」

「ん、別にいいよ」


 私は稲葉の先を行き、校舎の奥へ進む。

 もうすっかり冬で、日が落ちるのがずいぶんと早くなってしまった。

 今の時期、部活動は五時まで。

 私は時計を確認して、少し足早になる。

 騒がしくなる前に、ゆっくり話せる場所に行きたい。


「エレベーター?」


 教員用の駐車場から近い出入り口のすぐ側にあるエレベーター。

 私はそこまで稲葉を誘導してきた。


「そう。来賓専用のエレベーターだから、先生も生徒も使っちゃいけないの。先生が帰るにはまだ早いし、生徒には用のない出入り口だから人もこないよ。内緒話にはもってこい」


 私がボタンを押すと、エレベーターは私たちを迎え入れるために扉を開ける。


「エレベーターの中なら盗み聞きされることもないし、いいと思わない? 逃げ場がないのが難点だけどね」


 私が乗り込むと、稲葉もついてきた。

 扉を閉めて階数や開くボタンを押さなければ、扉が勝手に開くことはない。

 もちろん、外から誰かがエレベーターに乗ろうとしたら開いてしまうけど。