時間とは河のように流れるものだと、教えられるまでもなく知っていた。
 教科書によれば旧石器時代だったか、そのあたりから人類の歩みは始まり、文明の発達、民族同士の争い、偉大なる発明、そしてまた数々の争いを経て現在に至る。
 過去から未来へ。一定の方向へ進む営み。
 歴史の大きな流れはもちろんのこと、個人にとっても時間が戻ることは決してないと信じていた二十二歳の秋。




「お疲れー」
 三つのコップを鳴らして乾杯した。
「とりあえずビール」は何かの呪文みたいだ。
 面倒な苦役から解放されて、ここから先は自由ですよ、という魔法の呪文。ただし大人限定。

 わたし、矢淵未波(やぶち・みなみ)は、コップに口をつけた。アルコールが食道から胃に落ちてゆく感覚が気持ちいい。明日は水曜で、一限から大学に行かなくてはいけないけれど、今は忘れていたい。
 ぷはー、と隣で息をついたのは、親友の玉川亜依(たまがわ・あい)。そこらへんの男子よりもよほど頼りになる体力自慢の元気娘だ。ショートボブの髪はつややかな茶色で、化粧っけはないけれど、愛嬌のある顔をしている。
 向かいに座る宮野遥人(みやの・はると)が、長い指でナッツをつまむ。顔立ちにも身体つきにも無駄がない。切れ長の目を持つ美形で、何をしても絵になる。
 今日は父親の経営する会社に顔を出してきたとかで、珍しくスーツを着ている。
 亜依が遥人に話を振った。

「父上の会社に行くの、どのくらい迷った?」
「約束の時刻より三十分余裕を持って出たから……」
「から?」
「時間ちょうどに着いた」
「さすが方向音痴」
「遠回りが好きなだけだ」

 遥人は言い訳を繰り返すけれど、極度の方向音痴だ。迷わない道などないほどの。