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~由希side~ 人差し指で、軽く鍵盤を押してみる。 -ポロン- あたしはほうと長いため息をついた。 大好きな、傷だらけのピアノ。 「ありがとう、ごめんね」 気づいたら、涙がこぼれていた。服の裾で慌ててぬぐう。その時丁度、玄関からいつもの高い声が響く。 「柚子ー。何やってるの、はやく支度しなさい。もう出るわよ」 「はーい、今行く!」 とっさにピアノの鍵盤に、もうボロボロになったピンク色の布をかけ、あたしはキャリーバックを手に取った。 「じゃあ、行ってくるね」 あたしは急いで家をでた。 時刻は昼過ぎ-。徒歩で数分、駅へと急ぐ母親を追いかけながら、あたしは改札を抜けた。やってきた電車に乗り込む。毎日利用しているのに、この日はなぜか別の意味で緊張していた。 「これ、娘さんの家の地図ね。そうややこしくないから、送らなくてもいけるでしょ」 ママは、紙切れをあたしに手渡した。結構くしゃくしゃだけど、大丈夫かなぁ。 「荷物は今日の夜に届く予定だから、他に迷惑のないようにしてね」 「うん、分かった」 「学費はちゃんと仕送りするから。あとは自分でなんとかなさい」 「うん。…ねえ、ママ…--」 トンネルに入ったらしく、あたりが一瞬暗くなった。 「ん?なんか言った?」 「ううん!なんでもないよ!あ、もうすぐ着くから、あたし行くねっ!」 あたしは言いかけていた言葉を飲み込み、開いたドアから足早に外に出た。 まだ春先なのに、予想以上に風が冷たくて、身震いしてしまった。ドアが閉まり、電車は発車した。 「(ママ…なんにも悲しそうじゃなかったな…)」 そんな事を思いながら、あたしはトボトボとメモを頼りに歩き出した。
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