〔1〕


灰の月。それは女の子にとって一番ワクワクするイベントのある月だろう。もっとも、灰の月は寒さの厳しい時期でもある。

しかし、灰の月の声がきこえると、あたりからは甘い香りがどことなくただよってくる。そして、道を歩く女の子たち。彼女たちも、どことなく浮き立つような表情をしているのだった。



「ねえ、もう用意できた?」


「まだなの。もう時間もあまりないでしょう。手伝ってくれない?」


「もちろんよ。それに一緒にした方が早いものね」



街角で女の子たちが騒ぐ声が響いている。灰の月14の日。それは、彼女たちにとってなによりも重要な日といえるのだ。

どうしてか。それは、この『灰の月14の日』が、誰もが公然と自分の思いを口にすることができる日だから。

普段であれば、告白を待つだけの女の子。そんな彼女たちが積極的に動いても、顰蹙をかうことのない日。

そして、それはグローリアの王城内でも同じ。そこには、何か考えごとをしているような少女の姿があるのだった。



「アルディス、何を考えているんだい」


「カルロス様」



背後から聞こえてきた声に少女――アルディス――は満面の笑みを浮かべていた。この国の王女である彼女は、婚約者であるカルロスの顔を甘えたような顔でみている。そして、彼女は彼にしなだれかかると、とっておきの秘密を話すように、耳元で囁いているのだった。



「とってもいいことを思いつきましたの。ですから、邪魔なさらないでね」



そう言ってニッコリと笑うアルディス。そんな彼女に、カルロスが逆らえるはずがない。

その時、部屋の外を盛大なため息をつきながら歩く足音があった。その音にそっと扉に近付いているアルディス。そして、ため息と足音の主が兄アルフリートである。そのことを確かめた彼女は、クスリと笑っているのだった。



「あらあら、お兄様も相変わらずだこと」



その声は部屋の外を歩いているアルフリートには聞こえない。しかし、側にいるカルロスにはハッキリと聞こえている。

その姿がこの状況を楽しんでいるようみえる。そう思ったカルロスは、思わず苦笑を浮かべているのだった。



「お前の兄貴のシスコンぶりには前から呆れていたが、この頃はマシになったようだな」


「お兄様には他に気になる方ができましたもの」


「それはめでたいが、相手が気の毒だな。誰だ、その貧乏籤をひいたのは」



カルロスの問い掛けに、アルディスはクスリと笑っただけ。そんな彼女の様子に、答えるつもりがないと思ったのだろう。カルロスは仕方がない、という表情を浮かべているのだった。



「お前が言うつもりがないなら仕方がないが、ちゃんと教えてくれるんだろうな」


「当たり前ですわ。その時になったら一番に教えてさしあげましてよ」



笑いながらそう言ったアルディス。彼女は小さな包みを大事そうに持っている。そんな彼女の様子に、カルロスは不思議そうな顔をしているのだった。



「アルディス、それはなんだ」


「ナ・イ・ショ。今からセシリアと会いますの。ちょっと席を外していただけませんかしら?」



上目づかいにおねだりするアルディスの仕草。それにカルロスが勝てるはずもない。彼はあっさりと白旗をあげると理由をたずねることなく、その場から離れているのだった。