「深成ちゃ〜ん」

 体育祭当日、いそいそと例の応援旗を用意していた深成に、あきが駆け寄ってきた。

「あ、あきちゃん。あきちゃんのクラスの応援旗は?」

「うちは普通よ〜。案も出してないしさ」

「そうなの? ほらこれ、見て見て。可愛いでしょ?」

 ばさ、と深成は恥ずかしげもなく、でかい応援旗を振ってみせる。
 あきはちょっと旗の文言に目を見開いたが、次の瞬間には目尻が下がる。

「ねぇ。その応援旗、深成ちゃんが振るの?」

「うんっ! 何かね、先生、わらわが振るんだったら、これでいいって」

「……真砂先生が? そう言ったの?」

「うんっ」

 無邪気に旗を振り回す深成に、あきは口元を隠して、ふふふ、と笑った。

---深成ちゃんたら、ほんとに何も気付かないんだから。昨日職員室で一悶着あったのだって、自分が原因なのに。ああ、真砂先生と六郎先生が、深成ちゃんを巡ってこの後激突……。あの二人、運動神経凄いもの。これは凄い戦いになるわ---

 正確には『深成の弁当を巡って』なのだが。
 あきの頭の中では、もっと色っぽい戦いになっているようだ。

---でもリレーだから、他の走者にも責任があるわけだけど。でも皆は、昨日の一件のことなんて知らないしね。ここまで知ってるのは、あたしだけ……---

 ふふふふ、とほくそ笑む。
 妄想ネタに敏感なあきだ。
 恐ろしいほどにネタが上がるとアンテナが受信する。
 昨日も職員室前の廊下から、じ、と覗き見ていたのだ。

 
 さていよいよ午前の部の最終種目。
 二年生クラス対抗スウェーデンリレー。
 初めの三人は生徒が、アンカーは担任が走る。

 スウェーデンリレーは普通、100m・200m・300m・そしてアンカーは400mと距離が延びていくだけだが、ここの学校は、そんな甘っちょろくない。
 道々障害が待ち受けているのだ。

 しかも、その障害は各クラスが自由に仕掛ける。
 いつ仕掛けるかも自由。
 走者同士が潰し合うのも可。
 つまり、走っていると、いきなり大玉が転がってきたり、水をぶっかけられたりするわけだ。

「真砂先生、頑張ってくださいね〜っ」

「他のクラスの妨害なんて、私たちが阻止しますとも!!」

 きゃいきゃいと、ストレッチする真砂を取り囲んで、B組の女子たちがはしゃいでいる。

「千代、頑張ろうねっ」

 深成が鉢巻をぎゅっと結んで、千代とがしっと腕を組む。

「当たり前だろ。真砂先生に恥はかかせられないからね」

 何故かやたらとぴっちりした体操服に身を包んだ千代が頷く。
 どんだけ小さいサイズにしたらそうなるのか、おへそが見える勢いの上着に、今時問題になりそうなブルマ姿。
 女子校だからいいようなものの、共学だったらえらいことだ。

 ちなみに深成は普通の半袖短パン。
 普通サイズだろうに、千代とは正反対に、上着がでかい。
 丈が長過ぎて、短パンが僅かしか見えない。

 ぱっと見は短パンが見えないため、それはそれで男心をそそるかもしれないが。
 だがそんな気などない深成は、ストレッチと称して、色気なくぴょこんぴょこんとその辺を飛び回っている。

「あんたは第一走者だろ。結構責任重大だからね。頼んだよ」

 バトン代わりの襷をかける深成に、千代が言う。
 短距離リレーなのに、何故バトンでなく襷なのかというと、これもちょっとした罠なのである。
 簡単には渡せないようになっているのだ。
 この罠に関しては、皆平等なわけだが。

「任せといて! わらわ、とっとと走り終えて、あの旗振らないとだしっ!!」

 深成はリレーに出るが、第一走者なので、真砂の応援には支障ない。
 びしっと用意した応援旗を指す。

「よし。そんじゃ行くぞ」

 真砂に呼ばれ、深成と千代(と、あと第二走者の誰か)は、集合場所に向かった。