「真砂。呼び出しか」

 エレベーターホールで出くわした清五郎が、軽く手を上げる。

「お前もか。そういやメールの宛先に入ってたな。また俺とお前だけか」

「ま、営業部だからな。一番会議が多くても仕方ないさ。いいじゃないか、結構楽しいし」

「そうかね。会議という名のお遊びだろ」

 素っ気なく言う真砂に、ははは、と清五郎は笑いを返す。
 そうこうしているうちに、エレベーターは最上階へ。

 最上階は社長室だけだ。
 降りるなり、目の前には、きんきらきんのミラ御殿が広がる。

「……相変わらず、凄い趣味だ」

 扉の両サイドにある犬の置物(何故かチワワ。でも牙を剥いてる)を撫でながら、清五郎が言う。
 真砂は、しばし指で頭を押さえた後、渋々扉をノックした。

 途端に頭上で電子音。
 監視カメラが二人を捕らえ、これまた電子的な声が聞こえた。

『名乗りなはれ』

「営業部第一課、課長・真砂。社長・ミラ子様のお召しにより、参上仕りました」

「同二課、課長・清五郎。同じくミラ子様のお召しにより、参上仕りました」

 何やら物々しく名乗ると、扉の向こうが騒がしくなった。
 耳を澄ますと、妙なやり取りが聞こえる。

『くぅ〜っ。毎度のことながら、この合言葉は堪りまへんなぁ。萌える〜』

『社長っ。私まだ慣れてないんですから、あんまり刺激の強いことは、避けてくださいよ。鼻血が出そうです〜』

『ああ、悪い悪い。でもどうせなら、今日だけ特別バージョンで、[ラテ子様のお召しにより]ってすれば良かったかな』

『きゃー、萌える〜〜っ! でもいきなりそんなこと言われたら、ラテ子どうにかなってしまいます〜〜っ!!』

 扉の向こうから、ひそひそと聞こえる怪しげな会話に、真砂は踵を返した。

「……戻るか」

「おいおい。一応社長命令だぜ」

 苦笑いしつつ清五郎が真砂を止めていると、ようやく扉が開いた。

「お、お待たせしました。本日は特別バージョンでの会議ですので、まずはこちらにお着替えをお願いします」

 中から若干頬を紅潮させた女性が二人を招く。
 見たことのない女性だ。

 訝しく思いつつも、案内された隣室に入ると、そこはドレッシングルーム。
 真砂は胡乱な目で、用意されている服を手に取った。

「燕尾服……」

 何故だ、とは思うが、多分これといった理由はないのだろう。
 ここの社長は、なかなか突飛なことを、よくするのだ。

「あのぉ……。お手伝いが必要でしたら遠慮なく……」

 ふと見ると、先程の女性が、入り口でもじもじしている。
 可愛らしい外見だが、どこかで見たような。
 はて、どこでだったか、と、じっと見つめる真砂に、女性は赤くなって俯いた。

「……手伝いなど、必要ないが」

 ぼそ、と言うと、女性は何故か落胆したような顔になり、だが若干安心もしたようで、ぺこりと頭を下げて出て行った。

「真砂の課の、女の子に似てるな」

「俺の課?」

「ああ。えっと、あきちゃんか」

「ああ……」

 どこかで見たような、と思ったのは、そのためか。
 似ている、といっても、顔が似ているわけではない。
 雰囲気が似ているのだ。
 とはいえ真砂は、さほどあきのことを知っているわけではないが。