【キャスト】
mira商社 課長:真砂 営業事務員:千代 派遣事務員:深成
老舗会社 社長:千之助 秘書兼事務員:狐姫
・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆
その日、千代はいそいそと指定された小さな会議室に赴いた。
憧れの課長直々の呼び出しだ。
逸る気持ちを抑えつつ、扉を開く。
「課長っ。お待たせしました」
満面の笑みで部屋に入った千代は、奥に立つ真砂の横のデスクにちょこんと座る深成に、眦を吊り上げた。
「何であんたが、ここにいるんだいっ」
「だってわらわも、課長に呼び出された」
二人っきりで会議室に籠もれると思っていた千代は、その深成の一言に愕然とした。
そんな千代を気にもせず、真砂は顎で千代にも座るよう命じる。
「お前には、研修に行って貰うことにした」
ぽい、と一枚のパンフレットを千代の前に投げて寄越す。
名前は聞いたことのある、老舗の会社のパンフレットのようだ。
「かっ課長っ。何故わたくしが?」
「お前が一番古株だからだ。ここらで少し、他の会社に出向いて新しいことを取り入れてこい」
「で、でも。わたくしがいなくなったら、わたくしの仕事はどうするんですの? 営業事務と、もろもろの庶務業務をいっぺんにこなすことなんて、あきに出来るとも思えませぬ。そ、それに、課長のお世話だって……」
千代の本音は、最後の一言に凝縮されている。
『営業事務と、もろもろの庶務業務』などどうでもいいのだ。
真砂には特に秘書などいないが、今までは千代が、何くれとなく手伝ってきた(体よく真砂に使われてきた、とも言う)。
青くなりながら訴えていた千代の顔が、はっと強張った。
この場に深成がいる意味は……。
「その辺りは、こいつにやらせる」
思った通り、真砂は顎で深成を示した。
「「んなっ!!」」
驚きの声がダブった。
え? と思って千代が首を巡らすと、自分よりも不満を露わにした表情の深成が目に入る。
「千代の代わりなんて無理だよ~。庶務業務はともかく、営業事務なんて特殊だし。それにわらわだって、結構忙しいんだよ~?」
口を尖らせてぶーぶー言う深成に、真砂は冷たい目を向けた。
そして、ばん! と机に手を付くと、ぐい、と深成に顔を近づける。
「ぐだぐだ言うな。一人の人間に出来ることが、同じ人間に出来ないなんてことがあるか」
鋭い視線で言う。
深成は息を呑んで口をつぐんだ。
「心配せんでも、わからんことは俺が教えてやる。例え何時間かかってもな」
にやりと笑う。
聞きようによっては、何とも頼りになる言葉だ。
爽やかに言われれば、女子社員は、ころっと参るだろう。
だが、今真砂の顔に浮かんでいるのは、悪魔の笑みだ。
『何時間かかっても』というのは、気の遠くなる残業を意味する。
覚えが悪いと、どんな仕打ちが待っているやら。
深成は蒼白になってごくりと喉を鳴らし、千代は己がその仕打ちを受けているのを想像して、うっとりした。
指定された時間に研修先につき、扉を開けた千代は、まず会社の古さに辟易しつつ、受付を探した。
外観は何故か純和風で、中に入ると建て増し建て増しで迷路のようだ。
おまけに人っ子一人いない。
困っていると、いきなり背後から声がかかった。
「何だい、あんた」
驚いて振り向くと、そこには艶やかな女性が立っている。
「あ、あの。今日から研修に入ります、千代と申します」
「研修だってぇ?」
訝しげに、じろじろと千代を見る女性に、千代は少し挑戦的な視線を向けた。
千代だって、外見には自信がある。
フロアの男性陣には人気があるし、隣の課の課長・清五郎にもよく口説かれる。
美人で仕事も出来るキャリアウーマン、それが千代なのだ。
目の前の女性も、何やらよくわからない魅力を醸し出しているし、女性から見ても顔は良い。
だがこのような古ぼけた会社では、能力もたかが知れているのではないか。
そんな気持ちが、態度に出ているのだろう、女性が厳しい目つきになった。
「ああ、何か社長が言ってたねぇ。どこぞの商社の事務員が来るから、よろしく面倒見てくれって。それがあんたかい」
へえぇ、と見下した目つきで、千代を見る。
こうなると、千代の闘争心に火が点いてしまう。
「よろしくお願いします。でも、えらく古い会社ですのねぇ。従業員も見あたりませんし、一体このような会社に、何故わたくしのようなベテランを送り込んだのか。課長もお遊びが過ぎますわぁ」
おほほほ、と高笑いする千代に、女性がどこからか出した扇子を、ぱしんと鳴らす。
途端に、とたたた、とどこからか、おかっぱ頭の女子社員が走り出てきた。
「この研修生を、東側の会議室に放り込んできな」
女性が言うと、女子社員は無表情のまま、千代を促した。
無言である。
不気味に思いつつも、とりあえず会議室に向かう千代の背に、女性の声が聞こえた。
「あちきは社長の秘書、狐姫。単なる事務員と思ってもらっちゃ困るんだよ」
mira商社 課長:真砂 営業事務員:千代 派遣事務員:深成
老舗会社 社長:千之助 秘書兼事務員:狐姫
・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆
その日、千代はいそいそと指定された小さな会議室に赴いた。
憧れの課長直々の呼び出しだ。
逸る気持ちを抑えつつ、扉を開く。
「課長っ。お待たせしました」
満面の笑みで部屋に入った千代は、奥に立つ真砂の横のデスクにちょこんと座る深成に、眦を吊り上げた。
「何であんたが、ここにいるんだいっ」
「だってわらわも、課長に呼び出された」
二人っきりで会議室に籠もれると思っていた千代は、その深成の一言に愕然とした。
そんな千代を気にもせず、真砂は顎で千代にも座るよう命じる。
「お前には、研修に行って貰うことにした」
ぽい、と一枚のパンフレットを千代の前に投げて寄越す。
名前は聞いたことのある、老舗の会社のパンフレットのようだ。
「かっ課長っ。何故わたくしが?」
「お前が一番古株だからだ。ここらで少し、他の会社に出向いて新しいことを取り入れてこい」
「で、でも。わたくしがいなくなったら、わたくしの仕事はどうするんですの? 営業事務と、もろもろの庶務業務をいっぺんにこなすことなんて、あきに出来るとも思えませぬ。そ、それに、課長のお世話だって……」
千代の本音は、最後の一言に凝縮されている。
『営業事務と、もろもろの庶務業務』などどうでもいいのだ。
真砂には特に秘書などいないが、今までは千代が、何くれとなく手伝ってきた(体よく真砂に使われてきた、とも言う)。
青くなりながら訴えていた千代の顔が、はっと強張った。
この場に深成がいる意味は……。
「その辺りは、こいつにやらせる」
思った通り、真砂は顎で深成を示した。
「「んなっ!!」」
驚きの声がダブった。
え? と思って千代が首を巡らすと、自分よりも不満を露わにした表情の深成が目に入る。
「千代の代わりなんて無理だよ~。庶務業務はともかく、営業事務なんて特殊だし。それにわらわだって、結構忙しいんだよ~?」
口を尖らせてぶーぶー言う深成に、真砂は冷たい目を向けた。
そして、ばん! と机に手を付くと、ぐい、と深成に顔を近づける。
「ぐだぐだ言うな。一人の人間に出来ることが、同じ人間に出来ないなんてことがあるか」
鋭い視線で言う。
深成は息を呑んで口をつぐんだ。
「心配せんでも、わからんことは俺が教えてやる。例え何時間かかってもな」
にやりと笑う。
聞きようによっては、何とも頼りになる言葉だ。
爽やかに言われれば、女子社員は、ころっと参るだろう。
だが、今真砂の顔に浮かんでいるのは、悪魔の笑みだ。
『何時間かかっても』というのは、気の遠くなる残業を意味する。
覚えが悪いと、どんな仕打ちが待っているやら。
深成は蒼白になってごくりと喉を鳴らし、千代は己がその仕打ちを受けているのを想像して、うっとりした。
指定された時間に研修先につき、扉を開けた千代は、まず会社の古さに辟易しつつ、受付を探した。
外観は何故か純和風で、中に入ると建て増し建て増しで迷路のようだ。
おまけに人っ子一人いない。
困っていると、いきなり背後から声がかかった。
「何だい、あんた」
驚いて振り向くと、そこには艶やかな女性が立っている。
「あ、あの。今日から研修に入ります、千代と申します」
「研修だってぇ?」
訝しげに、じろじろと千代を見る女性に、千代は少し挑戦的な視線を向けた。
千代だって、外見には自信がある。
フロアの男性陣には人気があるし、隣の課の課長・清五郎にもよく口説かれる。
美人で仕事も出来るキャリアウーマン、それが千代なのだ。
目の前の女性も、何やらよくわからない魅力を醸し出しているし、女性から見ても顔は良い。
だがこのような古ぼけた会社では、能力もたかが知れているのではないか。
そんな気持ちが、態度に出ているのだろう、女性が厳しい目つきになった。
「ああ、何か社長が言ってたねぇ。どこぞの商社の事務員が来るから、よろしく面倒見てくれって。それがあんたかい」
へえぇ、と見下した目つきで、千代を見る。
こうなると、千代の闘争心に火が点いてしまう。
「よろしくお願いします。でも、えらく古い会社ですのねぇ。従業員も見あたりませんし、一体このような会社に、何故わたくしのようなベテランを送り込んだのか。課長もお遊びが過ぎますわぁ」
おほほほ、と高笑いする千代に、女性がどこからか出した扇子を、ぱしんと鳴らす。
途端に、とたたた、とどこからか、おかっぱ頭の女子社員が走り出てきた。
「この研修生を、東側の会議室に放り込んできな」
女性が言うと、女子社員は無表情のまま、千代を促した。
無言である。
不気味に思いつつも、とりあえず会議室に向かう千代の背に、女性の声が聞こえた。
「あちきは社長の秘書、狐姫。単なる事務員と思ってもらっちゃ困るんだよ」