お昼前に資料室から出、席に戻ると真砂の微妙な視線とぶつかる。
 ん、と少し首を傾げ、あ、と気付く。
 前に資料室で一緒に仕事をしていた男性に襲われた(というと彼はいたく傷付くだろうが)ことがある深成だ。
 心配していたのかもしれない。

---もう真砂は心配性なんだから~---

 何であれこの真砂が心配してくれるのは嬉しい。
 にまにまと呑気に頬を緩めていた深成だが、はた、とまた気付いた。
 真砂から真っ直ぐ視線を延ばせば、ブースに突き当たる。
 こんなに心配しているのに、お昼も一緒に食べたりしたら、機嫌が悪くなるのではないか?

---い、いやどうだろう。真砂は仕事とプライベートはきっちり分ける人だし……。別にわらわ、あの子を特に気に入って誘ったわけじゃないし。あの子がちょっとでも心地よく過ごせればいいな、とは思うけど---

 確かに真砂は表向きプライベートは仕事に持ち込まないが、実はなかなかなやきもち焼きだ。
 ここでは出さないだろうが、帰ってからが恐ろしい。

---い、嫌かなぁ。んでも惟道くんも、ずーっとわらわたちと食べるとも限らないしね。何もわらわと二人とかじゃないんだし---

 それに真砂も惟道の過去は聞いている。
 深成が惟道を不憫に思うのも理解できるだろう。
 多分。

---ま、いいや。わらわが情に流されないように、しっかりしてれば大丈夫でしょ---

 いくら惟道がイケメンでも、わらわにとっては真砂のほうがイケメンだも~ん、とまたのろけているうちに、お昼のチャイムが鳴った。

「惟道くぅ~ん、お昼はぁ? どっか行くなら、一緒に行かない?」

 二課ではゆいが、惟道に声をかけていた。

「コンビニに行くが」

「あ、お昼買いに行くのね? 買いに行くんだったら、食べに行きましょうよ」

「そこで一緒に食べようと誘われている」

 ちょい、と惟道の指差すほうを見れば、ブースに深成とあきがいる。
 ゆいの顔が一変した。
 だだーっとブースに駆け込み、昨日のように、ぎゅむ~っと深成の横に尻を突っ込んでくる。

「ちょっと! あんたは真砂課長でしょっ! 何うちのバイトにも手出してんのよ!」

「出してないもんっ! もし一人なんだったら一緒にどうって言っただけだもん」

 資料室で会話に困ってさ、と小さく耳打ちすると、ゆいも、ああ、と納得した。

「なるほど、確かに午前中ずっとあの子と二人で資料室だったもんね。喋った?」

「う~ん、まぁ喋らないわけにもいかないし……。でも一通りの説明が終わってからは、ちょっと困った」

「そうね……。でもだからってちゃっかりご飯に誘うなんて、あんたもやるわね」

「ご飯っても、お弁当じゃん。わらわ一人じゃないし」

 ぼそぼそゆいと深成が言っていると、惟道が、ひょいとブースに入って来た。

「下で昼買ってくる」

「あ、うん」

 深成が顔を上げて頷くと同時に、がばっとゆいが立ち上がった。

「あたしも買いに行く~。あたしも入れてねっ?」

 深成とあきに言い、慌ただしく惟道の後を追っていく。
 はぁやれやれ、とブースの二人は息をついた。
 
 そしてそれを、上座からやはり微妙な表情で真砂が見ている。
 そこへ清五郎がやって来た。

「真砂、昼行こうぜ」

「ああ」

 ついでに席にいた捨吉も誘って、三人でエレベーターホールに出たところで買い物を済ませた惟道とゆいに会う。
 ゆいはべったりと惟道にくっつき、しきりに話しかけていた。

「おやおや、ゆいはほんと、ガッツがあるというか。早速目を付けたらしいな」

 入れ違いにエレベーターに乗りながら、清五郎が呆れたように言う。

「ま、結構見かけはいいからな。物覚えも早い。ゆいにとっちゃ羽月よりも可愛いかもなぁ。ちょっとした話題になってるぜ。他部署の女子どもも、興味を示してるようだ」

「そうなんですか。でもかなり若いですよね」

「学生だからな。まぁバイトも一時的なもんだし、そう短期間に何事も起こらんだろうさ」

 軽く言う清五郎は、特に何も気にしていない。
 確かに千代なら大人だし、心配ないかもな、と真砂はひっそりと思う。
 例え惟道のほうからぐいぐい千代に迫っても、千代なら軽くあしらえる気がする。

 そう思いふと見ると、捨吉も微妙な顔をしている。
 こちらは真砂同様、心配なようだ。

「というよりあいつ、他の奴らに興味なんかなさそうじゃないか?」

 真砂はそう思う。
 一応深成のことは心配しているが、それはあくまで仕事面での負担とか、六郎のことがある資料室に二人で籠る羽目になったこととかへの精神的負担面が大きい。

 まだ真砂はちらりとしか惟道と関わっていないが、昨日の昼だけでも、ちょっと変わっている、ということは気付いた。
 何となく、全てのことに関心がないというか。
 存在自体も危ういような、そこにいるのにいないような、不思議な子なのだ。

「本人がそうでも、そういう雰囲気の奴を好く女子はいるだろうよ」

 人に興味がない、といえば、真砂だってそうだ。
 もしかして俺もあんな感じなんだろうか、と、真砂はちょっと己を顧みた。