「真砂ぉ~」

 夜、真砂が帰宅すると、深成がリビングから駆け出してきた。

「もぅ、何なのあの子~」

 胸にへばりついてきゃんきゃん言う深成をあやしながら廊下を歩き、真砂はとりあえずリビングのソファに鞄を置いた。

「まぁちょっと変わった奴ではあったけどな……。でもお前とは、そう喋ってなかったようにも思うが?」

 深成の近くにはいたが、千代とあきのほうが喋っていたような。
 が、深成はぶんぶんと首を振る。

「違うよぅ。真砂の前ではそうだったけど、帰りにも会ったの。エレベーターで一緒になったんだけど、そのときに羽月くんとも一緒になってね、食事に誘われたの」

「何だと?」

「あの子の歓迎会も兼ねてって言われたら、なかなか断れないじゃん。ちょっと困ってたら、あの子が助け舟を出してくれたんだけどね」

「へぇ、よかったじゃないか」

「違うって! 用事があるんじゃないのって言ってくれたから、そうなんだ、ごめんねって去ろうとしたらさぁ! その後で、キスマークつける奴がいるんだろ、的なこと言うんだよ!」

「ん? 何でそんなこと、奴が知ってるんだ?」

「それは真砂が見えるところにつけるからじゃん~~!」

 ばんばんと己の喉元を叩きながら言う深成に、真砂は顔を近付けた。

「跡なんてないぞ?」

「え、まぁもう消えちゃったのかもだけどさー。あの子にわらわ、朝のエレベーターでも会ったんだよ。そのときに跡があるって指摘されたの」

「へー。そんなんわかるもんかね。別に何の跡だとは言わなかったんだろ?」

「でも清五郎課長の前で言うんだよ! 清五郎課長、鋭いからさぁ。気付いたんじゃない?」

 清五郎が気付いたとしたら、それは惟道の言葉というより深成の態度によるものだと思うが。

「清五郎課長はわらわたちのこと知ってるでしょ? そしたらその相手が誰かまでわかるじゃん」

「知ってるのかな。別にはっきり言ったことはないが。けど清五郎はそこまで知ったからって変に他で言わないだろうし、いいじゃないか。羽月にはキスマークとわからせたほうがいいし」

 帰りも惟道は『キスマーク』とは言っていないのだが、その辺りは深成も冷静でなかったので覚えていない。

「もー、何言ってるのさ」

「羽月にはいい加減、お前にはこういうことをする相手がいるってことを主張するべきだろ」

 そう言って、真砂は深成の腰に手を回すと、いきなり深くキスをする。

「……んんっ……」

 しばらくそのままキスを繰り返しているうちに、不意にがくっと深成の膝が折れた。

「おっと」

 真砂が片手で深成を支える。
 真砂のキスは、深成にとっては刺激が強すぎる。
 軽いキスならまだしも、深くされると立っていられない。

「しょうがないな。そんな状態じゃ、飯の用意もできないな」

 言いつつ、深成をソファに降ろす。
 そして再びキス。

「だ、駄目だよっ。真砂、お腹空いてるでしょっ……」

「誘うお前が悪い」

「誘ってないーっ!」

「反応が良すぎるんだよ。ほら」

 力の入らない深成の身体を押し倒しつつ、ワンピースの裾から手を入れる。
 慌てて深成は真砂の身体を押しのけようとするが。

「ふふん。お前の抵抗なんざ、ひよこみたいなもんだぜ」

「ひ、ひよこだって嘴で突いたりできるんだからーっ」

 わたわたと暴れる深成を軽く押さえつけ、真砂は散々深成の身体を愛撫した後、上体を起こした。

「最後までやったら、それこそお前、疲れ果てるだろ」

 荒くなった息を整えながら、乱れまくった服をのろのろ直しつつ、深成も真砂に腕を引っ張られて、ようやく起き上がる。

「続きは後でな」

「……真砂、キスやめてくれないと、いつまで経ってもわらわ、ご飯の用意ができないよ」

 何度も繰り返されるキスに、ぼーっとしながら言う深成は、先ほどまで真砂に訴えていたことなどすっかり忘れているのだった。