何となく疲れたなぁ、と思いながらその日の業務を終え、深成は皆より一足早くフロアを出た。
 仕事のことで疲れたのだから、真砂が帰ってきたら思いっきり甘えて労って貰おう、と思いつつエレベーターに乗り込んだ深成は、奥の鏡を見て初めて惟道が後ろにいたことに気付いた。

「ああっ! とと、えっと、惟道くんも今帰り?」

 危うく上げそうになった悲鳴を、無理やり会話に繋げる。
 全く恐ろしく気配がない。
 ドアとか本当に開けたのだろうか。

 帰るのであれば同じ階だろう、と閉めるボタンを押そうとすると、フロアから羽月が出て来た。

「あ、深成ちゃん」

 嬉しそうにエレベーターに乗り込んでくる。

「おいらも帰りなんだ。ねぇ、よかったらご飯食べに行かない?」

「え? えーと……」

「前に美味しそうなイタリアンの店見つけたんだ」

『美味しそうなイタリアン』にぐらっとなったが、深成はかろうじて踏み止まった。

「いや、ちょっと急に言われてもね……」

 ねぇ、と意味なく奥に佇む惟道に話を振る。
 そこで羽月も初めて惟道の存在に気付いた。

「な、何だ、いたの。あ、そうだ。歓迎会も兼ねて、じゃあ三人でどっか行かない? うん、そうしよう」

 思わぬ第三者に聞かれたのが気まずいのか、羽月は珍しくその場を仕切って、ぐいぐいと深成と惟道を連れて行く。
 困ったな、と思ったが、惟道が断ってくれれば解決だ。
 こそりと惟道を窺う深成だったが、相変わらずの能面で羽月に連れられるまま歩いている。

「ね、行くことに異存はないの?」

 小声で聞いてみるも、惟道はあっさりと頷いた。

「あんたは都合が悪いのか」

 思わぬ助け舟に、深成は勢い込んで大きく頷き、羽月に向かって声をかけた。

「そう! そうなんだ! わらわ、都合が悪い! てことで、ごめんね!」

 手を振って駆け出そうとした深成に、羽月があからさまに残念そうな顔をする。

「え~? 深成ちゃんがいないと……」

「ごめんね~! 早く帰んなきゃ」

 惟道、グッジョブと内心感謝しつつ、深成は羽月の横をすり抜けた。
 が、今しがた褒めた惟道が、その背にいらぬ一言を投げる。

「ここの跡の相手がいるのであれば、誘っても無駄であろう?」

 ぴた、と足を止め、くるりと振り向くと、惟道が己の喉元を指している。
 羽月は何のことやらわかっていないような顔だが、深成は瞬間的に真っ赤になり、しーっ! と惟道に人差し指を立てると、だーっと駆け出して行った。