お昼を食べ終わってしばらく普通に仕事をしていた深成の元に、清五郎がやって来た。
 後ろには、例の彼を従えている。
 清五郎は深成に声をかける前に、上座の真砂に顔を向けた。

「真砂。ちょっと派遣ちゃん借りるぜ」

「ああ……」

 昼に何か聞いていたのだろう。
 真砂が、ちら、と深成を見つつ頷いた。

「朝に会ってたよな、彼は惟道。やることは派遣ちゃんと同じようなことを頼むつもりだから、ちょっといろいろ教えてやって欲しいんだ」

「ああ、はい」

 真砂の了解も得ているので、深成は軽く頷いた。

「といっても営業系の登録とかはこっちで教えるから、まぁ簡単な入力とかファイリングとか、資料の在処とかでいいよ。資料室は、ちょっとややこしいし」

「わかりました」

「じゃあ頼む。惟道、こっちは一課の派遣さんで深成ちゃん。歳はそう変わらんと思うが結構長いから、わからんことがあったら深成ちゃんに聞くといい」

 清五郎が惟道に深成を紹介し、そのまま二課へと戻っていく。

「えーっと、じゃあ……あ、スケジュールとかもわかってたほうがいいね」

 何となく、ぼーっと突っ立っている惟道に、深成はきょろ、と周りを見渡して、空いた席の椅子を引っ張って来た。
 それを自分の横に置いて、PCを操作する。

「ここを見れば、皆のスケジュールがわかるから。今はまだないかもしれないけど、そのうち決裁資料とか扱うようになったら、課長に承認とかして貰わないといけないから、課長のスケジュールとか見れたほうがいいし」

 画面を指差して説明するも、横の惟道は何の反応もなし。
 ちろ、と見ると、その視線を受けて、惟道は、うん、と小さく頷いた。

「……えっとね、あとは……。あきちゃん、決裁画面のことも教えたほうがいいかな」

 何かやりにくいなぁ、と思いつつ、深成は横のあきに助けを求めた。
 ちょっとあきが、興味ありげに惟道を見る。

「そうねぇ~。でもまだいいんじゃない? そういう打ち込みは、それぞれの課でくせがあるから、二課は二課のやり方があるだろうしね~」

 ちらちらと惟道を窺いながら言う。
 ゆいにあれだけ期待させられたのだ。
 捨吉という彼氏がいるとはいえ、イケメンだと言われれば興味は湧く。

---ふ~む、なるほど、なかなかかも。ていうか、やっぱ前髪長すぎよ。はっきり見えないわ!---

 目が見えないと、はっきりと顔はわからないものだ。
 今時点で結構なイケメンに見えるが、果たして前髪を上げてもイケメンか?
 とは思うものの、額に傷がある、と聞いたからには下手に指摘できない。

 ちょっとやきもきしていると、千代が外回りから帰って来た。
 ちら、と深成の横にいる惟道を見、あきに目を落とす。

「あ、二課に入ったバイトくんですって」

 千代の視線を受けて、あきが惟道を紹介する。
 ちょっと顔をしかめ、千代は少し惟道に近付いた。

「バイトといっても身だしなみは大事だよ。顔がわからないほど前髪長くするのは、社会人としてどうなんだい?」

 びし、と指摘する。
 あわわ、と深成もあきも焦った。

 こういうことは真っ先に清五郎も真砂も指摘するだろうが、それ以前に何故前髪が長いのか聞いているのだろう。
 だから上司としても、何も言わなかったのだ。
 もっとも内勤だけの学生バイトだから許しているというところも大きいが。

「千代」

 真砂が止めようと声をかけたとき、惟道が口を開いた。

「これはあまり人目に晒すものではないと言われたのだ」

 抑揚のない声で言い、無造作に前髪を掻き上げる。
 同時に、その場の皆が息を呑んだ。
 惟道の額には切り傷のようなものが斜めに走り、その周りに火傷のような醜い痕が広がっていたのだ。

「……っ! ご、ごめん。悪かったわ」

 千代がすぐに頭を下げた。
 が、惟道は特に何とも思わぬという風に、前髪を掻き上げていた手を離す。

「これを晒していたほうが周りに迷惑だから隠しているだけだ。切ったほうが良ければ切ってくる」

「い、いえ。あの、ほんとにごめん。嫌な思いさせたわね」

 恐縮しきりの千代にも、惟道の表情は動かない。
 むしろきょとんとしている。
 何故千代がこんなに謝るのかが、わかっていないようだ。

「あ、あの、あのさ。えっと、ほら、千代も謝ってるし、許してあげて。ごめんね、傷があるなんて知らなかったもんだからさ。傷付けてごめん」

「あんたが傷をつけたわけではないと思うが?」

「……ん? えーと……。それはそう……だけど」

「これは大分昔の傷だ」

 いや、傷自体は、そう古くもないかな、とぶつぶつ言う。
 どうも論点がずれている。
 話が噛み合っていないが、本人が傷付いてないならいいかな、と深成はこそりと、あきと目を合わせた。

 あきも微妙な顔をしていたが、その変さが返って興味を引いたようだ。
 加えて顔もばっちり見えた。
 確かにかなりのイケメンだ。

「そうなんだ? 事故にでも遭ったの?」

 あきが突っ込む。
 本人が気にしていないなら軽く聞けるものだ。
 惟道が答えを渋るようであれば引き下がるつもりだったが、やはり惟道は表情を変えず、少し首を傾げた。

「事故……ではない。育ての親が投げた扇が当たったのだ」

 げ、とあきと深成の顔が引き攣る。
 これはまた、重い過去を聞いてしまった。

「……立派な事故じゃない」

「奴は俺に当てるべく扇を放った。それは事故ではないだろう」

「そ、それはまた……何かごめんなさい」

 辛い過去を語らせてしまったようで、あきはバツが悪そうに謝った。
 が、惟道はまた、どちらかというと、きょとんとした顔だ。
 どうも感覚が違うような。

 一課全体が微妙な空気になってしまい、深成はそそくさと惟道を二課へと連れて行った。