【キャスト】
mira商社 課長:真砂・清五郎 社員:捨吉・あき・千代・ゆい・羽月
派遣事務員:深成 バイト:惟道
・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆
その日、深成は息を切らせて会社のエレベーターに飛び込んだ。
---ふぅ、何とか間に合うかな。もぅ真砂、相変わらず朝っぱらから助平なんだからっ---
明け方に寝返りを打ったのが悪かったのか、深成が動いたことで目を覚ました真砂が、そのまま深成を求めて来た。
全く何で欲望に火が付くかわからない。
---抱かれた後って凄く疲れるんだから、そのまま寝ちゃいたいのにっ。真砂だって簡単に離してくれないくせにさーっ。自分はわらわを捕まえたまま寝ちゃうけど、わらわはフレックスじゃないんだからねっ---
ぶつぶつと心の中で文句を垂れ、降ろしたままの髪の毛に手をやる。
じゃれる真砂からようよう逃げ出し、急いで支度をしたので、髪の毛まで手が回らなかったのだ。
---一つに括っちゃって大丈夫かな。真砂、跡つけてないかな---
真砂は思わぬところに跡をつけたりする。
わざとなのか、たまたまなのか。
エレベーターの奥には鏡がある。
確認しよう、と顔を上げて、初めて奥に人が乗っているのに気付いた。
そう大きなエレベーターでもないのに、今の今まで全く気付かなかった。
お陰で深成は、飛び上がるほど驚いたのだが。
「……」
奥の人物は、長めの前髪の向こうからじっと深成を見ているだけで、大分経ってからあからさまに驚いた深成に何ら反応しない。
「……あ、えーと。お、おはよう……ございます」
このエレベーターに乗っている、ということは、mira商社の人間だろう。
まだ業者の来る時間でもないし、と思い、とりあえず挨拶した深成だったが、言葉は尻すぼみになる。
スーツではない。
一応ジーンズではなくチノパンを履いているが、上着はパーカーだ。
それに何より、どう見ても幼い(深成に言われたくないだろうが)。
妙な目になってしまった深成にも、やはり何も反応を見せず、彼は軽く頭を下げた。
何だか妙な雰囲気だ、と思っているうちに、エレベーターは営業フロアへ。
深成が降りると、その彼も同じ階で降りた。
が、エレベーターホールからフロアへ入るドアの前で立ち止まる。
各フロアへは、IDカードがないと入れないのだ。
ドアの前できょろきょろしている彼に、深成はますます首を傾げた。
「あの……。もしかして、カードを忘れた……とか?」
誰かわからない者を、不用意に中に入れるわけにはいかない。
自分のカードでドアを開ける前に、深成は彼に声をかけてみた。
「カード……」
ぼそ、と彼が呟く。
『て何』と続きそうだ。
ドアの横にはカードを翳す機械があるし、社会人であれば何のことだかわかるだろう。
だが彼はドアを見たまま、固まっているだけだ。
何だか掴みどころがない。
カードを忘れて焦っている、というよりは、ぼーっとしているような感じだ。
前髪が長くて顔がよくわからない。
そういえば手ぶらである。
どうしよう、このままだとわらわも遅刻しちゃうよー、と困っていると、始業のチャイムと共に、内側から清五郎が出て来た。
「おや、もう来てたのか」
ドアの前に佇む彼に向って言う。
どうやら清五郎は彼を知っているらしい。
「おはよう派遣ちゃん。ん、もしかして、こいつが邪魔で入れなかったのか?」
「あ、いえ。ていうか、あの……」
何と言っていいものやら。
清五郎が知っている、といっても、やはり彼は会社員には見えないのだ(だから深成に言われたくないだろうが)。
訝しげな深成に、何が言いたいのかわかっらたしい清五郎が、二人を中に促しながら説明した。
「彼は今日からうちにバイトに入る、学生だよ。ま、よくある職業訓練みたいなもんだな」
「バイト? 学生さんなんだ」
なるほど、だから幼いのか(だから深成に……以下略)、と納得し、深成は彼を見た。
「マサグループからの紹介でな。大学二年だったかな。派遣ちゃんとも歳が近いし、うちに入るとはいえ、やることは派遣ちゃんと似たようなことだし。雑務的なものは派遣ちゃんに指導を頼むかもしれんから、仲良くしてやってくれ」
「そうなんだ」
「ま、真砂の許可は取らんといかんがな」
「ん、でもそれぐらいならお手伝いしますよ」
にこ、と笑みを向けると、彼の目が真っ直ぐに深成を見た。
その目に、思わずどきっとする。
曇りのない漆黒の瞳。
星のない闇夜のようだ。
吸い込まれそうに美しい。
ちょっと見惚れていると、彼がぼそ、と口を開いた。
「跡がついている」
己の鎖骨辺りを指して言う。
きょとん、とした後、深成は、ぱっと自分の喉元を両手で覆った。
その大仰な動作が、返って清五郎の注意を引いてしまう。
ん、と清五郎が深成を見、少しだけ口角を上げた。
「……さ、とりあえず簡単に説明するから」
爽やか清五郎は特に突っ込むこともなく、彼と共に二課のほうへと去っていく。
清五郎課長の、あの笑みは何だーっ! と内心叫びながら、深成はのろのろと自席へと向かった。
mira商社 課長:真砂・清五郎 社員:捨吉・あき・千代・ゆい・羽月
派遣事務員:深成 バイト:惟道
・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆
その日、深成は息を切らせて会社のエレベーターに飛び込んだ。
---ふぅ、何とか間に合うかな。もぅ真砂、相変わらず朝っぱらから助平なんだからっ---
明け方に寝返りを打ったのが悪かったのか、深成が動いたことで目を覚ました真砂が、そのまま深成を求めて来た。
全く何で欲望に火が付くかわからない。
---抱かれた後って凄く疲れるんだから、そのまま寝ちゃいたいのにっ。真砂だって簡単に離してくれないくせにさーっ。自分はわらわを捕まえたまま寝ちゃうけど、わらわはフレックスじゃないんだからねっ---
ぶつぶつと心の中で文句を垂れ、降ろしたままの髪の毛に手をやる。
じゃれる真砂からようよう逃げ出し、急いで支度をしたので、髪の毛まで手が回らなかったのだ。
---一つに括っちゃって大丈夫かな。真砂、跡つけてないかな---
真砂は思わぬところに跡をつけたりする。
わざとなのか、たまたまなのか。
エレベーターの奥には鏡がある。
確認しよう、と顔を上げて、初めて奥に人が乗っているのに気付いた。
そう大きなエレベーターでもないのに、今の今まで全く気付かなかった。
お陰で深成は、飛び上がるほど驚いたのだが。
「……」
奥の人物は、長めの前髪の向こうからじっと深成を見ているだけで、大分経ってからあからさまに驚いた深成に何ら反応しない。
「……あ、えーと。お、おはよう……ございます」
このエレベーターに乗っている、ということは、mira商社の人間だろう。
まだ業者の来る時間でもないし、と思い、とりあえず挨拶した深成だったが、言葉は尻すぼみになる。
スーツではない。
一応ジーンズではなくチノパンを履いているが、上着はパーカーだ。
それに何より、どう見ても幼い(深成に言われたくないだろうが)。
妙な目になってしまった深成にも、やはり何も反応を見せず、彼は軽く頭を下げた。
何だか妙な雰囲気だ、と思っているうちに、エレベーターは営業フロアへ。
深成が降りると、その彼も同じ階で降りた。
が、エレベーターホールからフロアへ入るドアの前で立ち止まる。
各フロアへは、IDカードがないと入れないのだ。
ドアの前できょろきょろしている彼に、深成はますます首を傾げた。
「あの……。もしかして、カードを忘れた……とか?」
誰かわからない者を、不用意に中に入れるわけにはいかない。
自分のカードでドアを開ける前に、深成は彼に声をかけてみた。
「カード……」
ぼそ、と彼が呟く。
『て何』と続きそうだ。
ドアの横にはカードを翳す機械があるし、社会人であれば何のことだかわかるだろう。
だが彼はドアを見たまま、固まっているだけだ。
何だか掴みどころがない。
カードを忘れて焦っている、というよりは、ぼーっとしているような感じだ。
前髪が長くて顔がよくわからない。
そういえば手ぶらである。
どうしよう、このままだとわらわも遅刻しちゃうよー、と困っていると、始業のチャイムと共に、内側から清五郎が出て来た。
「おや、もう来てたのか」
ドアの前に佇む彼に向って言う。
どうやら清五郎は彼を知っているらしい。
「おはよう派遣ちゃん。ん、もしかして、こいつが邪魔で入れなかったのか?」
「あ、いえ。ていうか、あの……」
何と言っていいものやら。
清五郎が知っている、といっても、やはり彼は会社員には見えないのだ(だから深成に言われたくないだろうが)。
訝しげな深成に、何が言いたいのかわかっらたしい清五郎が、二人を中に促しながら説明した。
「彼は今日からうちにバイトに入る、学生だよ。ま、よくある職業訓練みたいなもんだな」
「バイト? 学生さんなんだ」
なるほど、だから幼いのか(だから深成に……以下略)、と納得し、深成は彼を見た。
「マサグループからの紹介でな。大学二年だったかな。派遣ちゃんとも歳が近いし、うちに入るとはいえ、やることは派遣ちゃんと似たようなことだし。雑務的なものは派遣ちゃんに指導を頼むかもしれんから、仲良くしてやってくれ」
「そうなんだ」
「ま、真砂の許可は取らんといかんがな」
「ん、でもそれぐらいならお手伝いしますよ」
にこ、と笑みを向けると、彼の目が真っ直ぐに深成を見た。
その目に、思わずどきっとする。
曇りのない漆黒の瞳。
星のない闇夜のようだ。
吸い込まれそうに美しい。
ちょっと見惚れていると、彼がぼそ、と口を開いた。
「跡がついている」
己の鎖骨辺りを指して言う。
きょとん、とした後、深成は、ぱっと自分の喉元を両手で覆った。
その大仰な動作が、返って清五郎の注意を引いてしまう。
ん、と清五郎が深成を見、少しだけ口角を上げた。
「……さ、とりあえず簡単に説明するから」
爽やか清五郎は特に突っ込むこともなく、彼と共に二課のほうへと去っていく。
清五郎課長の、あの笑みは何だーっ! と内心叫びながら、深成はのろのろと自席へと向かった。