「で? 何があったの?」

 ひとしきりご飯を掻き込んでから、おもむろに片桐が聞いた。
 途端にまた、深成の目に涙が盛り上がる。

「ま、真砂が……。真砂が浮気してるのっ」

「へ?」

「さっき見たの! モデルさんみたいな綺麗な人と歩いてた。昨日も遅かったし、昨日から態度がおかしかったの。わらわと目、合わさないし」

「いやでも、昨日って。まだ一日でしょ? そんなあからさまに態度って変わるもの?」

「真砂の場合は明らかにおかしいものっ。いつだってわらわのこと大事にしてくれてたのに、昨日から全然構ってくれない。自分からキスもしないんだよ」

「いやだから。一日でしょ?」

「一日でも違うもんっ。キスしようとしたのに直前でやめるなんて、風邪のときだけだもん。飲み会帰りだからって、やめたりしないくせにっ」

 会社絡みの人間相手ではないからか、なかなか突っ込んだところまで言う。
 あきがいたら、えらいことだ。

「ふーん……。なかなかわかりやすい彼なのねぇ。で、その彼が、モデル美女と歩いてた、と」

「そーなの! しかもね、こう、肩に腕回してね」

「肩組んでたの?」

「……んにゃ、組んでたっていうか。あれ? 普通は男の人が腕回すよね。女の人がね、真砂の肩に、手を回してた。でも楽しそうに歩いてたもんっ」

「あんたの彼氏、小さいの?」

「ううん。片桐さんと同じぐらいだよ?」

「そのモデル美女が、でかかったってこと?」

「そう……なのかな?」

 考えてみれば、深成は真砂の肩に手を回した状態で、普通に歩くことなどできない。

「まぁ、わらわは小さいらしいけどさっ」

「そうねぇ。子兎ちゃんは小さいけど、普通は逆パターンよね」

「んでも、真砂が他の女の人と引っ付いて歩いてたってことが大事なの! 何でなの?」

 ぼろぼろと深成の目から涙があふれる。
 うーむ、と片桐は考えた。

 といっても片桐は真砂を知っているわけではない。
 ただ深成の上司で三十過ぎのイケメン切れ者、という情報だけだ。
 その字面だけで考えると、いかにも遊びそう、と思えなくもないわけだ。

「可哀相に。だから言ったでしょ。男なんか、簡単に信じちゃ駄目よ」

「うう……。真砂はそんな人じゃないって思ってたのに~」

「大体子兎ちゃん、他の男を知ってるの? 何にも知らないまま、その男に丸め込まれたんじゃないの?」

「確かにわらわ、真砂しか知らない」

「ほらね。男は他にもいっぱいいるのよ。これを機に、他にも目を向けてみなさいな。例えばほら、目の前に格好良い男がいるじゃない」

 きょとん、と深成が片桐を見る。

「あたしなら、子兎ちゃんを、こんなに悲しませたりしないわよ?」

 片桐の言葉が、麻薬のように深成の心に沁み込んでいく。
 妖しげな笑みを湛え、片桐は優しく深成の頬に触れた。

「明日もいらっしゃいね。待ってるから」