「ちょっと大丈夫? 遊ばれてるんじゃないの?」

「何でそうなるのさっ」

「だって課長なんて、おっさんでしょ? 子兎ちゃんは可愛いんだから、おっさんに遊ばれてるんじゃないでしょうね?」

「おっさんじゃないよ! そりゃ三十超えてるけど、超絶格好良いんだから!」

 きゃんきゃんと言う深成を、あきはにまにまと眺める。
 これを真砂に聞かせてやりたい。

---あの課長が照れるところを見てみたい。課長が照れるのって、深成ちゃんだけだろうし。あとは誰からどれだけ褒められようと、全く関心なしだろうしね---

 ふふふ、と一人ほくそ笑み、あきはようやく、まぁまぁ、と仲裁に入った。

「うちの課長は人気なんですよ。特に真砂課長は若くして課長に就いただけあって、社長の覚えもめでたいですしね。見かけも相当いいんですよ」

「何でそんな男が、子兎ちゃんの彼氏なのよ」

「それは深成ちゃんだからですよ」

 うふふふふ、と目尻を思い切り下げてみせると、片桐は、ああ、と納得した。
 そんな男だからこそ、深成に落ちたというのがわかったようだ。

「まぁいいわ。とにかく今度、連れてらっしゃい。二股かけられてないか、きっちり調べてあげるから」

「かけられてないもんっ」

「子兎ちゃんは純粋だから、すぐに信じちゃうのよね。いい歳した男なんて、遊び慣れてるものよ。まして社長に気に入られてんだったら、社長直々にお見合い相手とかも世話されるだろうし」

「そんなこと……」

 反論しようとした深成だったが、言葉が詰まる。
 そういえば、今日の真砂は変だった。
 社長室でのランチミーティング後に、何が真砂だけあったのだろう。

---え、まさか、社長にお見合いとか薦められてたの?---

 だとすると真砂だけ残されたのもわかる。
 そして真砂が、ぐったり疲れた様子で帰ってきたのもわかるような。

---ていうか、いきなり今日遅くなるって……。え、まさか、お見合い?---

 考えれば考えるほど、片桐の言ったことにぴたりと当て嵌まる。
 黙りこくった深成に、あら、と少し片桐が慌てた。

「ま、まぁ何かあったら、いつでもいらっしゃいよ。恋愛相談ならお手のものよ」

 ぽんぽん、と深成の頭を撫で、そそくさと片桐はカウンターの奥へと消えた。



 その日の深夜、日付が変わる頃に、真砂が帰宅した。
 そろりとドアを閉め、家の中を窺う。

 リビングのほうから、小さな灯りが漏れている。
 おそらく真砂のために、深成が小さいダウンライトだけつけておいたのだろう。

 寝室のドアは閉まっている。
 小さく息をつき、真砂はネクタイを緩めながら、リビングへと入った。

「おかえり」

「うわっ!」

 誰もいないと思っていたリビングのソファの背から、深成が目だけ出して真砂を見上げていた。

「な、何だ。寝てなかったのか」

 珍しく、心底驚いたようだ。

「……真砂がそんなに驚くなんて珍しい」

「寝てると思ってたんだから、そらびっくりするだろ」

「遅かったね。飲み会?」

「ああ、まぁな」

 曖昧に言い、真砂は上着とネクタイを取ると、深成を見た。

「寝てろよ」

「……うん……」

 じっと観察してみても、特に浮気の気配はないような。
 そもそも深成にそういうことがわかるとも思えないが。
 じぃっと見る深成に、真砂は顔を近づけた。
 が、キスの寸前でぴたりと止まる。

「真砂?」

「酒臭いかも」

 ぼそ、と真砂が言った。
 いつものように軽くキスしてくれれば、妙な不安は多分吹っ飛ぶのに、と思い、深成は、えいっと顔を突き出して、自分から真砂にキスをした。