結局真砂は社長に捉まったまま、一次会は終了した。

「深成ちゃん。全然飲んでないし、二次会に行こう!」

「社長、いつものところ予約入れますよ~」

 わいわいと、高山建設の男どもが深成を連れて行く。

「そうだな。最後だし、行くか」

 高山建設の社長も乗ってしまった。
 深成を取り返そうとしていた真砂の足が止まる。
 こちらの社長もいる前で、取引先の社長の顔を潰すことは出来ない。

 真砂はできるだけ落ち着いて、深成の周りの人間に目をやった。
 皆結構酔っているようだが、幸い社長はしっかりしているようだ。
 気に食わないが、六郎も酔っている風はない。

---それに少なくとも、あいつは俺たちの関係を知ってるんだし---

 防波堤ぐらいにはなるのではないか。

「そちらのメンバーも一緒にどうです?」

 高山社長が誘ってくれるが、それは捨吉が断った。
 二次会は仲良し同士で行くものだ。
 社長がいると、やはり下っ端は気を遣う。
 社長もそれはわかっているため、あっさりと引き下がった。

「じゃあ俺たちは俺たちで行きましょう」

 結構酔っ払っている捨吉が、真砂の腕を掴んで歩き出す。
 ガテン系の男に連れられて、深成が不安そうに真砂を見た。

---くそぅ、何であいつはあっちなんだ!---

 どんどん離れていく深成に、真砂はぎり、と奥歯を噛んだ。
 そんな真砂の肩を、ぽん、と清五郎が叩く。

「まぁしょうがないな。あっちは社長のお召しだし。周りの奴らがちょっと不安だが、多分社長がついててくれると思うぜ。社長の目の届くところで、誰も何もしないだろ」

 返事の代わりに、ちっ! と大きく舌打ちし、真砂は深成を見送った。



「いやぁ、さすが建設会社。男臭いよね~。深成、モテただろうな~~」

 二次会のバーで、捨吉がへらへら言う。
 その横で、まんじりともしない様子でグラスを傾ける真砂の眉間には、深い皺が寄っている。
 深成が気になってしょうがない。

「結構社風が昔でさぁ。今じゃセクハラーって言われるようなことも、普通にされる感じだったなぁ。まぁ皆フランクで、そんないやらしい感じはないんだけど」

 羽月が首を傾げながら報告する。

「まぁ皆いい人だったよ。ちょっと怖かったけど」

「今どき珍しい肉食系か。深成、ぼーっとしてるから、あっという間に食べられちゃいそうだな」

 相変わらずへらへら言う捨吉の足を、向かい側から清五郎がどかっと蹴った。
 真砂の機嫌は明らかに悪い。

「そんなことないよ。おいら、ちゃんとガードしてたもん」

「羽月のガードなんて、気付かれないぐらいささやかなものだったんじゃないの?」

「そんなことないって。ていうか、向こうの人のガードは六郎さんに任せておけばいいし。おいらは六郎さんブロック」

「あはは~、なるほど。なかなか賢いな」

 羽月も頭を使ったらしい。
 小さい羽月は、向こうの社員にはどうしてもなめられる。
 羽月が深成を庇えば庇うほど、面白がってちょっかいを出されることもあり得る。

 だったらそれなりの人間に任せればいいのだ。
 六郎は元々向こうの人間だし、深成への想いとは別に、羽月たちの指導者、という責任感も強いようだ。
 実際は六郎も、ただ深成を守るのに必死だったわけだが、やたらと他の男たちを蹴散らしていたのは、熱い指導者故なのだろうと羽月は思っている。

「結局その手は成功したわけか」

 真砂に言われ、羽月は、びしっと姿勢を正した。

「はい! 真砂課長にも宣言した通り、誰も深成ちゃんに近付けませんでした!」

「……そうか。ご苦労」

 低く言い、真砂は一気にグラスを空けると、席を立った。

「帰るのか?」

「ああ。お先」

 一万円札をテーブルに置き、真砂はさっさと店を出て行った。
 それを見送り、清五郎は、やれやれ、と肩を竦める。

「全く、今すぐ帰ったってしょうがないだろうに」

「行き先も知らないでしょうしね。まぁ……落ち着かないんでしょうけど」

 ぷくく、と含み笑いしながら、あきが言う。
 羽月がいるので小声である。
 もっとも羽月と捨吉は酔っ払っているので、あまりここでの会話は覚えていないだろうが。

「周りが回りだしねぇ。さすがに心配だろうよ、課長も」

 千代も小声で頷く。
 すると清五郎が、少し首を傾げた。

「そうかな? 俺からすると、お千代さんのほうが心配だぜ。派遣ちゃんは可愛いけど、本気でどうこうっていうのは、あんまりないんじゃないかな? あそこは特に、年齢層も高いし。若かったら危険だけどな」

「え、でも課長は三十オーバーなのに、深成ちゃんが好きじゃないですか」

 何気に失礼なことを、あきがさらっと言う。

「真砂は精神年齢が若いからな」

「精神年齢というか、恋愛年齢ですよねぇ」

 ほほほ、と千代までが失礼なことを言う。
 苦笑いしつつも、清五郎も、確かに、と呟いた。