深成が帰ったのは七時過ぎ。
 真砂が帰って来たのは九時前だった。

「おかえりなさ~いっ」

 いつものように、リビングからたたたーっと深成が駆けて来て、真砂から鞄を受け取ろうとする。
 が、真砂はいきなり深成の腰に手を回し、引き寄せた。

「まさ……」

 小さい故、簡単に真砂に引き寄せられた深成が、驚いたように顔を上げた瞬間、唇を奪われる。
 ただいまのキスは珍しいことではないので大人しくしていた深成だが、今日はそのまま、どん、と廊下の壁に押し付けられた。
 キスも深い。

「……んっ……」

 壁に押し付けられているので逃げることもできず、深成は息苦しさに首を捻った。
 その首筋に、真砂が舌を這わす。
 そして手は深成の胸へ。

「ひゃっ……。ちょ、ちょっと真砂っ。何、どーしたのっ」

 いきなり玄関先で愛撫され、深成は慌てて真砂の手を抑え込もうとする。
 が、当然真砂の力には敵わない。
 わたわたと深成が焦っている間に、真砂は深成のTシャツを思い切り捲り上げ、胸に顔を埋める。

「や、やだっ……。こ、こんなところでっ」

 このままでは廊下で抱かれてしまいそうだ。
 だがすでに身体に力が入らない。

 荒い息を吐きながら耐える深成を、不意に真砂が抱き上げた。
 そのままリビングへは行かず、手前の寝室のドアを開ける。

「ま、真砂……。いきなり?」

「廊下は嫌なんだろ」

 そういう問題ではないのだが。
 そういえば最近、やたらと密着度が高い。
 毎晩のように抱かれるし、終わってからもずっと深成を抱き締めている。
 しかも、いつもよりも乱暴だ。

「真砂、どうしたの」

 ベッドに押し倒されたところで聞いてみると、真砂は少しふて腐れたような顔をした。

「お前を好いてる野郎ばっかりのところに毎日毎日送り出す身にもなれよ」

 きょとん、と深成は真砂を見る。

「ああ、まぁ何か皆優しいけどね。でも別に好かれてるわけじゃないよ~。女の子がわらわだけだから、気を遣ってくれてるだけだって」

 へら、と笑う。
 この何もわかっていないが故の無防備さが、また真砂の心配の種なのだが。

「野郎ばっかりなんだから、いつもみたいにぽやっとしてるんじゃないぞ」

「ぽやっとなんかしてないもん。あ、そういえば六郎さんが、そのうち慰労会をしようって」

 深成が言った途端、真砂の額に青筋が立つ。

「何が慰労会だっ! 毎日毎日遅くまでこき使いやがって。そんなもんするよりも、さっさと帰せってんだ、あのクソ野郎っ!」

 起き上がってベッドに胡坐をかき、真砂が口汚く吐き捨てる。
 そそくさと乱れた服を直し、深成も起き上って真砂の横にちょこんと座った。

「んーもぅ、そんなに怒らないで。折角真砂を見込んで、わらわを抜擢してくれたんだよ? わらわがしくったら真砂の顔を潰すことになるんだから、言われた仕事はきちんとしてるし。真砂のためって思うから、わらわも頑張れるんだよー」

 深成が言うと、真砂は少し表情を和らげた。
 じ、と深成を見、ふぅ、と息をつく。

 六郎も羽月も深成を好いているし、ただでさえ深成は可愛いのだ。
 男だらけのところに入り込めば、野郎どもが群がるのは火を見るより明らかだ。

 しかもこの無防備さ。
 自覚なく男心を直球で撃ち抜くような女子なのだ。

 真砂的には心配で仕方なかったのだが、深成の中には真砂のことしかないらしい。

「……だからと言って、すっかり安心は出来んのだがなぁ」

 他の男が入り込む隙間もないほど深成の心を己が占めている、とわかり、真砂の機嫌の悪さも直る。
 それでもやはり心配ではあるが。

「お前もあんまり愛想振り撒くなよ。無愛想でいい」

「えー、そういうわけにはいかないよー」

 困ったように言い、深成は真砂に顔を寄せると、頬に軽くキスをした。

「わらわも真砂のお仕事手伝えないのは寂しいから、早く帰りたい」

「あと二週間か。それ以上は、何を言われようと残るんじゃないぞ」

 言いつつ、真砂は深成を抱き寄せ、ベッドに倒れ込む。

「も、もぅ真砂っ。お腹空いてるでしょ。ご飯も食べないでいきなりって……」

「だからお前を食うんだ」

「うーもー! 助平なんだから~~っ!」

 じたばたと暴れる深成を抑え込み、真砂はあと二週間分の心の安定を得るべく、深成の身体を貪るのであった。