「おいっ! この鬼畜がっ! 深成ちゃんを犯すなど、この私が許さん!!」

 最早足場には爪先がかかっているだけで、ほとんど防音シートにぶら下がった状態の六郎が叫んだ。
 さすがにそこまで身を乗り出せば、端の部屋の露天風呂は思いっきり見える。
 だが。

「ひゃあっ!!」

 深成が、驚いて真砂に抱きついた。
 ぱしゃん、と湯が跳ねた湯船には、空気で膨らんだタオルが、少し沈んだ状態で浮いている。

「……え?」

 六郎の目が、真砂の手元に釘付けになった。
 そこにはタオルがあるのだが、傍に浮いているタオル同様、空気で大きく膨らんでいる。

 どうやら二人でタオルクラゲ(濡れたタオルに空気を含ませて沈め、ぶくぶくと気泡が漏れて行くのを楽しむ遊び)をしていたらしい。
 ……二人というか、深成が真砂に作らせていたのだろうが。

「ああっ! 駄目だって真砂っ。ほら、もっと優しくしてくんないと、ああ~、潰れちゃった」

 は、と真砂の手元に視線を戻し、深成が言う。

---え? タ、タオルで遊んでいただけなのか? 優しくしてって、でないと空気の塊が潰れるからか。あの深成ちゃんの悲痛な声は、なかなか上手く大きいのが出来なかったからか?---

 防音シートに捕まりながら、六郎は目まぐるしく脳みそを回転させた。

「……ていうか、さっき何か聞こえた? わらわ、びっくりしてタオル放しちゃったけど」

 真砂に抱きついたまま、深成が、きょろ、と周りを見る。
 深成は六郎の声にビビったのだが、その六郎は身を乗り出し過ぎて、一瞬で体勢を崩し、大きく撓(たわ)んだシートの後ろに入り込んでいた。
 深成からは、工事のシートが揺らめいているだけにしか見えないようだ。

「さぁ? 工事現場の何かが倒れたんじゃないか?」

 何か含んだように言い、真砂が深成を抱き寄せた。

「こんな状況で抱き付くなんて、確かに大胆だな」

 言いつつ、顔を寄せる。

「え、だって、びっくりしたんだもん」

 六郎の頭の中ではすでにえらいことになっていたのだが、実際にはここまで何もなかった。
 だが六郎の一声が、きっかけを作ったらしい。

「……でも、ちょっとのぼせてる。わらわ、ぼーっとしてるから、いつもとちょっと違うかも……」

 真砂に言い、深成も真砂に顔を寄せた。
 お互い、どちらともなくキスを繰り返す。

「ん……」

 湯船の中で真砂に身を委ねていた深成だが、不意に、くしゃん、とくしゃみをした。
 我に返った真砂が、深成の胸元から顔を上げる。

「……そうだな。ちょっとここでは寒いな。湯冷めしちゃ、温泉に来た意味がない」

 ははは、と笑い、とろんとした深成を、ひょい、と抱き上げた。

「とりあえず、続きは部屋でな」

「……うん」

 そのまま深成は、真砂に連れられ部屋の中へと消えた。

 そしてそのきっかけを作った六郎は、防音シートと足場の間でぷるぷるしていた。
 防音シートは自分で無理やり固定してあったのを緩めたので、今はほぼ支えがなく、ぶらぶらだ。
 そこに思いっきり体重をかけてしまった。
 足場に戻ろうにも、最早爪先しか足場に残っていない。

---くっ……! こ、このままでは少しでも力を緩めると、落ちてしまうではないか!---

 最上階は五階である。
 微妙な高さだ。
 死にはしないかもしれないが、まず無事ではいられないだろう。

---私としたことがっ! ……いや、だがこの行動も無駄ではなかった。遊んでいただけのようだが、あの男のことだ、いつまでも深成ちゃんの遊びに付き合ってあげるとも思えない。何せ裸なんだ。は、裸でいつまでも遊んでいられるものかっ---

 考えれば考えるほど、鼻の奥が熱くなる。
 つつーっと、何かが流れて来た。

 が、今は両手はしっかりとシートを握っているので拭えない。
 ぽたりと赤い液体が、手を離せば落ちるであろう地面に落ちて行った。

 実際深成は六郎の一声がきっかけで、今まさに真砂の腕の中にいるのだが。
 そんなことは露とも知らず、六郎は鼻血を流しながらも、じりじりと持ち前の身体能力で、足場に戻る努力をするのであった。