「工事は夜間もしているのか?」

 仲居さんが運んできた豪華カニ会席に深成が目を輝かせていると、不意に真砂が口を開いた。

「いえ、さすがにそれは、お客様にも迷惑ですし。昼間だけですよ」

「そうか。まぁそうだろうな」

 ビールをグラスに注いで仲居さんが出ていくと、真砂は、ずい、とグラスを深成に突き出した。

「ちょっと飲むか?」

「ん……じゃ、ちょっとだけね」

 真砂にグラス三分の一ほど入れて貰ったビールで乾杯し、早速カニにがっつく。
 途端に深成の顔が蕩けた。

「美味しい~~。さすが、本場は違う~~」

 本場でなくても深成であれば、これぐらいの反応は期待できるだろう。
 全く連れて来甲斐のある奴だ、と思いながら、真砂は少し笑った。

「そういえばね、さっき売店で、六郎さんに会ったよ」

 忙しく箸を動かしながら、深成が言った。
 即座に真砂の眉間に皺が寄る。

「もー。折角の旅行に、そんな顔しないの。ちゃんと真砂と一緒だって言ったもん」

「しかし、まさかこんなところで会うとはな。高山建設っても、奴が来てるとは限らんだろうに」

「そだね。ヘルメットは被ってたけど、作業員って感じじゃなかった。六郎さん、営業のお勉強に来てたんだし、本館の工事を取ってきたのは六郎さんなのかもね。こんな大きな工事を取れるようになったんだ。さすが真砂だね」

 営業のことを何も知らない六郎を、三か月で立派な営業マンに育て上げたのは真砂である。
 それがあるので深成にとっては六郎の手柄=真砂のお蔭、となり、深成の中での真砂の地位が上がるわけだ。

 まさに仕事も出来、見てくれも申し分ない自慢の彼氏である。
 深成に褒められ、真砂の眉間の皺は綺麗になくなるのであった。



 深成大満足の夕食も終わり、敷かれた布団の上でまったりごろごろしながら、しばらく二人でTVを見ていた。

「ふいぃ~。ちょっと酔っ払っちゃったなぁ」

 少し赤い顔で、深成がぱたぱたと手で顔をあおぐ。

「あれだけでか?」

「わらわにとっては結構な量だよ~。でも今日は何か美味しかった。やっぱり温泉だとテンション上がるしね~。いつもより大胆になれるから、お酒も美味しい」

「へぇ」

 ちょっと真砂が、意地の悪い笑みを浮かべた。
 そして、ちらりと視線を動かす。
 その先には露店風呂。

「じゃ、風呂入ろうぜ」

 布団に転がっていた深成に、身体を寄せて言う。
 へにゃ、と崩れていた深成の目が、ぱちりと開いた。

「えっ? えーと……?」

「いつもより大胆になれるんだろう? 酔っ払ってるなら危険だし、折角の部屋風呂だ」

 言いつつ、真砂は深成を抱き上げて露天風呂に連れて行く。

「い、一緒に?」

「嫌なのか?」

「嫌じゃないけど……」

 赤くなって言いながらも、深成は抵抗することなく、少し考えた。

「……じゃあ、真砂、先に入ってて。初めから一緒は、何か恥ずかしい」

「大丈夫なのかよ」

 真砂が訝しげな顔で言う。
 本当に酔っ払っているのが心配だというのもあるらしい。

 小さく頷き、深成は降ろして貰うと、くるりと真砂に背を向けた。
 そして、しゅるりと帯を解く。

「ほら真砂。早く入っちゃってよ」

「わかったよ」

 なるほど、いつもよりは大胆だ、と思いつつ、真砂は手早く浴衣を脱ぐと、露天風呂に入った。