「課長の分も買ってくるね。折角焼き立てなんだから、早くお風呂上がってね」

 にこにこと言い、羽月を先頭に階下に向かう。
 あきは最後尾に付きながら、階段の途中で足を止めた。
 そろ、と首を伸ばして残された六郎を見る。

「……お、お久しぶりです」

 ようやく六郎が、真砂に小さく頭を下げた。

「お前、まだ諦めてないのか」

 氷の瞳で、真砂が文字通り六郎を見下す。
 いまだ六郎は跪いたままなので、俄然真砂の迫力が増す。
 さっさと立ち上がっておけば良かった、と後悔しつつ、六郎はゆっくりと立ち上がった。

「いえ、そうではなく。……あ、いや」

 ふと六郎の頭が冴える。
 そういえば、以前面と向かって『深成には近付くな』と言われたが、はたしてあれからこの男は本当に深成を大事にしているのだろうか。

 さっきも深成に声をかけるでもなかった。
 大事に想っているなら、泣いている深成に真っ先に声をかけるべきではないのか。

「わ、私には彼女を大事にする自信があります。彼女があなたを好きでも、あなたにその気がないのであれば、諦められるはずがありません」

 はっきりと言う。
 ちょっと真砂が渋い顔をした。
 傍に清五郎がいるのだ。
 が、その清五郎は、少し面白そうに、一歩前に出た。

「あんたにその気があってもだな、派遣ちゃんにその気はないだろ」

 ばっさりと斬る。

「真砂が派遣ちゃんを何とも想ってなかったら、派遣ちゃんはあんたに靡くとでも? そりゃーどうだかな。俺からすると、あんたよりも可能性があるのは捨吉じゃないか?」

「え、あの子も深成ちゃんのことを?」

 六郎が動揺する。
 それに、清五郎は笑いを噛み殺した。

「そうでなくて。派遣ちゃんが、だ。真砂の次に好きなのは捨吉なんじゃないか、という話だな。まだ歳も近いしな。あんたが派遣ちゃんを好きでも、派遣ちゃんはそうじゃないと思うね」

 爽やかに笑いながらも、清五郎は返す刀で致命傷を与える。
 その様子を、あきは離れた階段から、心底楽しそうに眺めていた。

---言うわね~、清五郎課長。真砂課長も口を挟む隙がないわね。つか、ほんとよく人のこと見てるわぁ。この分じゃ、あたしたちのことも気付いてるでしょうね。にしても……。真砂課長に喋らせたら、結構凄い言葉が飛び出しそうなのに---

 うきうきと階段の壁にへばりついていると、ぱたぱた、と深成が帰って来た。

「あきちゃん、何やってるの。はい、これあげるね」

 二つ持っていた饅頭を、一つ差し出す。
 そしてそのまま、ててて、と階段を上がって、いまだ六郎と対峙している真砂のほうに駆けて行った。

「課長~。お饅頭、買って来たよ~」

 ほらっと真砂の顔の前に饅頭を差し出し、いそいそと二つに割る。

「はい、半分こね」

「さすがに飯の前に、一個食うことはしないんだな」

「だってお腹いっぱいになっちゃったら勿体ないもん」

 ほくほくと湯気を立てる饅頭に、はむっとかぶりつく。

「美味しい~~。あんこがたっぷりだね」

 にこにこと嬉しそうに言う深成に、限りなくゼロに近付いていた六郎のHPも癒され回復する。
 深成が差し出した饅頭を受け取っても、さして表情も動かないような男、やはり深成には勿体ない。
 『ありがとう、美味しいね』ぐらい言ったらどうなのだ、と思っていると、不意に真砂が手を伸ばした。

「あんこが付いてるぞ」

 そう言って、深成の口の端から唇を親指で拭う。
 え、と先程から何度目かの思考停止に六郎が陥っていると、真砂はその親指を、ぺろりと舐めた。

「……っっ!!」

 六郎が、目玉が落ちんばかりに目を見開く。
 少し離れたところでは、あきが同じように目を見開いていた。
 そして清五郎は、六郎の表情に、背を向けて肩を震わせた。

「さ、部屋に帰っておけ」

 饅頭の半分を口に放り込み、真砂が深成を促した。

「うん。課長も早くね~」

 最早六郎の存在など目に入らないかのように、満面の笑みでぶんぶんと手を振ると、深成は、ててて、と廊下を走って行った。