真砂と別れて家の最寄り駅から歩いていると、六郎に出会った。

「あれ六郎兄ちゃん。六郎兄ちゃん、今日は登校してたの?」

「ああ。まぁ後は結果だけだから楽だしね」

 六郎の大学は、まだ発表は先のようだ。
 ……そこは興味がないので深成は知らない。

「ところで深成ちゃん。ホワイトデー、何がいい?」

「ん?」

 きょとん、と深成が首を傾げる。
 はて、六郎兄ちゃんにチョコあげたっけか、と考え、ああ、と手を叩いた。

「いいよぉ、そんなの。あれは元々先輩に買った粗品的なものだし」

 何気に失礼なことを、さらっと言う。
 若干心の折れた六郎だが、こういう天然なところが可愛いのだ、と思い直し、いやいや、と手を振る。

「そ、そうであっても、一応貰ったんだし。そういえば、奴からは何を貰うの?」

 ちょっと気になり、六郎は突っ込んでみた。
 どうもあの真砂がきちんとお返しをするとも思えない。
 悪くすると忘れているのではないか。

 深成は、う~ん、と首を傾げた。

「さぁ……。あ! でもね、今日最高のプレゼント貰ったんだよ!」

 ぱ、と笑顔になって言う。
 え、と意外に思った六郎の目の前に、深成は、ずい、と携帯を突き出した。
 その画面には、何だか数字が並んだ写真の画像。

「……何、これ」

「これね、先輩が送ってくれたの。今日合格発表だったんだよね。その、先輩の番号のあるボード。凄くない?」

 しかも、ほら! 見てすぐに送ってくれてるんだよ! と受信時間まで示す。

「そ、そうなんだ」

「これがホワイトデーのプレゼントかも! ほんと、良かったぁ~」

 にこにこと嬉しそうに言う深成に、またも、え、と六郎は固まった。
 確かにあの超難関大学に通ったことは凄いことだが、それは別に深成のためではないだろう。
 はっきり言うと、深成には関係ないことである。

 しかも、写真一枚でホワイトデーを済まそうとするとは何たることか。
 そう考えると、嬉しそうにしている深成が可哀想でならない。

「深成ちゃん……! 何て良い子なんだ。でも、そんな我慢することはないんだよ。我慢してまで、あいつに尽くすことなんてない!」

 自分まで泣き出しそうになりながら、六郎が言う。
 深成が驚いた顔で、六郎を見上げた。

「あんな立派なケーキを作らせておいて、自分は全く深成ちゃんに関係のない写真一枚で済まそうだなんて、何て奴だ。私が明日、きつく言ってあげるよ!」

「え、い、いや。あの、ケーキはわらわが勝手に作ったんだし。それに先輩が合格したのは、わらわ、ほんとに嬉しいし。その上それをすぐに送ってくれたっていうのが、すっごく嬉しいの。だから、いいんだよ」

「何て良い子なんだーーー!!!」

 両拳を握りしめて、六郎は天に向かって絶叫した。



「おい君! ちょっと待ちたまえ!」

 何だかんだで卒業生も学校に来ている。
 真砂も登校する用事があるときは、深成の下校時間に合わせて帰るようにしているのだが。
 教室を出ようとしていたところを呼び止められ、真砂は心底うんざりした顔で足を止めた。

「君は一体、どういうつもりなんだ」

「……何だよ、今度は何だ」

 胡乱な目で振り向く真砂に、仁王立ちの六郎が一歩近づく。

「私が君を呼び止めるのは、深成ちゃんに関することだとわかるだろう!」

「ああ。しかも全然的外れだということもわかっている」

 冷たく言う真砂にも怯まず、さらに六郎は、ずい、と真砂に身を寄せた。

「世間はそろそろホワイトデーだ! それを、君はわかっているか?」

 ちょっと意外な言葉に、真砂は片眉を上げた。
 六郎はチョークを持つと、黒板に『VD』と書き、少し離して『WD』と書いた。

「君はバレンタインに、恐れ多くも深成ちゃんにチョコを貰った!」

 かっ! とチョークを『VD』の文字に打ち付ける。

「ホワイトデーというのは、バレンタインと対になるものだ。ここで貰ったものは、ここで返すべきだろう!」

『VD』と『WD』の文字の間に、びーっと矢印を書いた上で、今度は『WD』の文字を、かっ! かっ! と示して吠える。
 何もそんな図解して説明されなくても、さすがの真砂もそれぐらい知っている。
 思い切り冷めた目で六郎を見た。

「……何が言いたいんだ、お前は」

 眉間に深々と皺を刻んで、唸るように言う真砂に、六郎は、ぱしっとチョークを置くと、びっと指を突き付ける。

「あんな立派なケーキを貰っておいて、お返しは写真一枚とはどういうことだ! 気を遣って喜んでいる深成ちゃんが、私は不憫でならない!」

 真砂は少し首を傾げた。
 写真って何だろう。
 そもそもまだお返しなどあげていないが、と不思議に思いつつも、これ以上六郎の相手をするのも面倒臭い。

「お前の言うことは、相変わらず意味がわからん。だがとりあえず、あいつのことを何か言っているのはわかった。安心しろ、あいつのことは、ちゃんと俺なりに大事にしている」

 鬱陶しそうにひらひらと手を振る真砂だが、六郎はなおも食い下がる。

「その『俺なりに』というのが気に食わん! 君の考えは世間的にずれている。あんなもので、世の女子が満足すると思うな!」

 お前に言われたくない、ということを、恥ずかしげもなく言う六郎に、真砂は大きくため息をついた。
 全く六郎の相手は疲れるばかりだ。