月曜日はホワイトデー当日である。
 あきは、フロアに入って来た深成をじっと見た。

「おはよう、あきちゃん」

「おはよ~……」

 じ~~~~っと深成を観察しても、特に変わったところはない。

---え? 意外だわ。深成ちゃん、課長に何も貰わなかったの? それとも今日貰うのかしら? まだ貰ってないだけ?---

 あきとしては、薬指に指輪が嵌っているぐらいのことを期待していたのだが、指輪はおろか、アクセサリー自体見当たらない。
 訝しげな顔で見ていたあきのほうを、深成が、あ、と言って振り向いた。

「あきちゃん、あんちゃんから何貰った?」

「……え? っええええっ?」

 珍しく、あきが狼狽える。

「だってあきちゃん、あんちゃんと付き合ってるんでしょ?」

 ずばんと深成が言うと、あきは素早く立ち上がり、深成の腕を掴んでトイレに走った。

「ど、どうしたの、あきちゃん」

 いきなりトイレに連れ込まれ、驚きながら深成が言うと、あきは、がしっと深成の両肩を掴んだ。
 そして、ぐいっと顔を近付ける。

「み、深成ちゃん。何でそれを?」

「あ、えっとね。あんちゃんから聞いたの。でもほら、あんちゃんは元々あきちゃんのこと好きだったし、良かったね」

「な、何だ……。捨吉くん、あっさりそういうこと周りに言うのね……」

 がく、と項垂れ、あきは息をついた。



 席に戻ってからも深成をまじまじ見てみても、やはり何も見当たらない。

---おかしい。まさか全部あたしの思い過ごし? 単なる上司と部下? いやいや、そんなはずはない! あたしのアンテナに狂いはないのよ!---

 身に付けるものではないのかも、と、少しあきは残念に思った。
 そんなあきの邪な気を送られながら、深成はご機嫌だ。
 内心うきうきしながら、土曜日に真砂と一緒に買い物に行ったときのことを思い返す。



 真砂が入ったのは、小洒落たブランドショップだった。
 ケースに入ったきらきらしいものに深成が気後れしていると、店員がにこやかに真砂に声をかけた。

「ホワイトデーのお返しですか?」

 軽く頷いた真砂は、自分に集まる周りの視線など一切気にせず、深成を引き寄せた。

「こいつに合うもの」

 短く言った真砂に、店員があからさまに驚いた顔をした。
 相変わらず真砂の恋人には見られないんだな、と、ちょっとしょぼんとなったのだが、当の真砂は当たり前のように、深成の手を取った。

「やっぱり指輪かな。どれがいい?」

 じ、と深成の手を見ながら言う真砂に、店員は何とも言えない表情になる。
 妹とか姪とかなのかと思ったのだろうが、真砂の態度を見ていると、そうでないのはわかる。

 もしかしたら、真砂は深成が悲しまないよう、故意にそうしているのかもしれない。
 単に周りの目など気付いていないだけかもしれないが。

 真砂に言われ、ショーケースに目を落とした深成は、隅のほうに集まっているシリーズに目をやった。

「可愛い」

 それはハワイアンジュエリーのコーナー。
 繊細な彫刻が施された指輪が並んでいる。

「真砂。これ可愛いね」

 ウミガメがちょこんと彫られた指輪を指して、深成は真砂を見た。
 真砂は店員に指輪を出して貰いつつ、横にあるハワイアンジュエリーの説明文を読んでいる。

「こちらはお守りの意味があるんですよ」

 店員が、深成の前に指輪を出す。
 ここで深成は、う~ん、と悩んだ。
 こういう場合、どの指に嵌めてみればいいのだろう。
 真砂はどういうつもりでの指輪チョイスなのだろう。

---まさかいきなり結婚指輪なわけないよね。昨夜そんなこと言ってたけど、いくら何でも、それはないよね---

 そもそも結婚指輪なら、自分の分もあるはずだ。
 が、真砂は自分の分など買う素振りはない。

「……どうぞ、試着してご覧になってください」

 前に出された指輪をまじまじ見ているだけの深成に、店員が少し訝しそうに言う。
 えっと、と深成は、ちらりと真砂を見上げた。

「……どの指?」

「薬指……なんだろうけど、考えてみれば、そこは空けておいたほうがいいかもな」

 真砂も、う~んと考える。
 前の店員は、疑問符を浮かべつつも、口角は上げたままで、不思議な二人を見た。

「薬指に合わせたら、将来的に使えなくなるし」

 どうやら結婚指輪の邪魔になる、ということらしい。
 やっぱりそこまで考えてるのか、と深成は赤くなり、店員はまた驚いた顔になって、深成と真砂を交互に見た。

「それに、いかにも彼氏がいます! て主張するのも、お前がいろいろ困るだろ」

 俺はそっちのほうが安心なんだが、と内心思うが、深成の立場からすると、いきなりそんなもの付けたら、周りが何かとやかましそうだ。

 ここにきて、ようやく店員も二人は恋人だ、と認識した。
 同時に、俄然深成に興味を示す。

「お身体が華奢ですから、指も細いですね。でもハワイアンジュエリーは年齢問わず似合いますから、付けやすいと思いますよ」

 いくつなんだろう、と聞きたいところだが、さすがにそこまで関係ない話は出来ない。

「ウミガメ、可愛いですよね」

「うん。これがいいな。でも会社であんまりバレたくないから、いかにもな指には出来ないし」

 ということは会社員か! 学生かと思った! と思いつつ、店員はちらりと真砂を見た。
 なるほど、こちらは確かに社会人だ。
 てことは同僚? ……まさかね。
 しかしいい男だ、と目の保養をした後で、店員は一回り小さな指輪を出した。