「明日、買い物に行くか」

 その日の夜。
 お風呂も入って白くまとまったりしていた深成に、風呂から上がった真砂が声をかけた。

「ん? うん。どこに行くの?」

「適当に。お前、お返し何が欲しい?」

 あれだけ悩んだわりには、飾り気なく直球で聞く。

「お返し?」

「ホワイトデー」

「ああ。う~ん、何でもいいなぁ。……て言ったら困るって、あんちゃんも言ってた」

「そうだな。具体例を出して貰ったほうがありがたい」

「真砂がずっと一緒にいてくれればいいよ」

「そんなことでいいのか。じゃあ明日は区役所に行くか?」

「区役所?」

「婚姻届け」

 さらっと言う。
 ぼ、と深成が赤くなった。

「ちょ、ちょっと真砂っ。そういうこと、さらっと言わないでよ」

「何だよ。何でだ」

「そういうことは、もうちょっと……雰囲気を大事にして言って欲しいもんなの。ていうかさ、真砂、それがどういう意味かわかってるの?」

「当たり前だろ。俺、こういうこと言うの初めてじゃないと思うが」

 う、と深成が口ごもる。
 まだ付き合ってるんだか何だかわからない頃、確かにそういうことを言われた。

 『会社の契約を切るときは、俺個人用に終身契約を用意する』
 一生雇ってやる、と言われたのだ。
 それはすなわち、プロポーズではないのか。

---ていうか、これ言われたのって二年も前じゃん! あの頃から課長はそのつもりだったっての? つ、付き合いだしたのっていつだっけ……---

 真っ赤な顔でぐるぐる考える。
 よく考えてみれば、はっきりと付き合うという言葉を貰う大分前から、真砂には特別扱いされているような。

---態度で示すってことは、特別だってわらわが感じた時点で付き合ってたってことかな。だったら付き合ってる期間は、結構長いかもね---

 深成も大概鈍いので、自分で真砂に特別扱いされている、と感じたのは、多分真砂がそうするようになって、かなり経ってからだろうが。
 しみじみ思っていると、真砂が深成を抱き上げた。

「で? どっちに行く?」

「えっと。いやいや、だから。いきなり区役所っておかしいでしょ」

「おかしくはないと思うが。でもまぁ、下準備は必要だな。まずはお前の契約を切らんといかんし」

「え、それは困る」

「何でだよ。俺が養ってやるぞ?」

「ほんとに? ……いやいや、そうであっても、とりあえずは、ね」

 何だか『じゃあお願い』と言えば、即解雇されそうだ。
 いきなり急展開過ぎるし、頭がついていかない。
 さすがに真砂も、まぁな、と呟いて頷いた。

「じゃ、とりあえず買い物に行くか。何が欲しい?」

 深成を抱き上げたまま寝室に行き、真砂はベッドに深成を降ろしながら聞いた。

「う~ん……。難しいなぁ」

「婚姻届けに変わるようなものにしようか?」

 言いつつ真砂は深成の左手を取ると、薬指に軽くキスをした。
 ひゃああ~、と深成は蕩けそうになる。

 何気にこれは、相当甘い言葉と態度ではないだろうか。
 言葉を伴うことはほとんどないので、深成は照れまくった。

「真砂ぉ。嬉しいけど、恥ずかしいよぉ~」

「何が」

 慣れないことでしきりに照れまくっていた深成は、ふと思いついて、真砂を見た。

「そうだ! ね、じゃあ、わらわのこと、好きだよって言って」

「……」

 真砂が眉間に皺を刻んで深成を見下ろす。
 プロポーズはばんばんするくせに、好きだと言うのは苦手のようだ。

「わらわ、真砂から好きだって言われたことないもんっ」

「言わんでもわかるだろ。ここまで言ってるのに」

「言ってみてっ! 本気でわらわを好きなんだったら、好きだっていう言葉が欲しい」

 真砂は口を引き結んで視線を逸らせた。
 が、すぐに身体を倒すと、深成にキスをする。

「……ん……」

 そのまま真砂は、深成のパジャマを脱がしていく。

「ず、ずるいよっ……」

 素肌を愛撫されながらも言うと、真砂は少し顔を上げて、もう一度深成にキスをした。
 しばらく唇をついばみ、頬、耳たぶへと移動する。
 そのとき、意識が持っていかれそうになっていた深成の耳に、小さく低い声が聞こえた。

「好きだ」

 ぞくぞくっと深成の身体に電流が流れた。
 堰を切ったように、涙があふれだす。

「何で泣くんだよっ」

 照れ隠しのためか、ちょっと赤い顔の真砂が、身体を起こして怒ったように言う。
 だが深成は、両拳で涙を拭きながら、嬉しそうに笑った。

「だって、嬉しいんだもん」

 そう言って、がばっと抱き付く。
 ふぅ、と息をつき、深成を抱き締めると、真砂はそのまま、またベッドに倒れ込んだ。

「……泣くほど嬉しいのかよ」

 こくりと深成が頷く。
 変な奴、と呟きながらも、真砂は深成をぎゅっと抱きしめた。