次の日は金曜日。
 今日は珍しく、真砂のお供は千代だった。

「大分あったかくなりましたわねぇ」

 真砂の少し後ろを歩きながら、千代が言う。
 この二人が並んで歩けば、街ゆく人は皆振り返る。
 あり得ないほどの美男美女カップルだ。
 二人の周りの完璧な空気に、おのずと皆引き気味になる。

 そんな空気など一切気にせず、真砂はいろいろな店の並ぶ街並みを、ざっと見ながら歩いた。

「どこもかしこもホワイトデーだな」

 ブランドショップも百貨店も、今はホワイトデー商戦真っ只中。
 この週末が勝負だろう。

「そういえばそうですわねぇ。珍しい、課長がそんなことに気付くなんて」

「今年は捨吉にも相談されたしな」

 それより今現在、自分が悩んでいるのだが、当然そんなことは言わない。
 軽く言うと、千代は、あら、と面白そうに口角を上げた。

「そうなんですの。あの子、あきと上手くいったんですかね」

「……千代はあの二人のこと、知ってるのか?」

 いまいちこういうことは、どこまで言っていいのかわからない。
 特に口止めもされていないが、上司として課内に広めるのはよろしくないのではないか、と、真砂は千代を窺った。

 もっともあきが千代に言っているかもしれないし、それでなくても千代は鋭い。
 気付いているなら隠す必要もないだろうが。

「知っているというか。気付きますわよ。バレバレですもん。あきの誕生日前に、捨吉はわたくしに相談しましたしね。あきとは言わなかったですけど、ゆいのわけはないし。あの子の態度を見てればわかりますわよ」

「そういうもんか」

「ホワイトデーについて、課長に相談したってことは、上手く行ったってことですわね」

 ふふふ、と笑う。
 あ、バラしてしまった、と思ったが、とりあえずそれ以上は言わず、真砂は黙った。

 そこでふと、千代を見る。
 そういえば、千代はどうなのだろう。
 バレンタインなど元々興味はないので、誰の行動も気にしていなかったが、清五郎にはやったのだろうか。

「お前、清五郎とはどうなってる」

 いきなりな質問に、千代は少し驚いた顔をした。
 真砂がこういう話を振ること自体が珍しい。
 人の恋路になど、とんと興味のない人なのに。

「どうしたんですの。珍しいですわねぇ」

「そうかな。ここのところ、清五郎と行動することが多かったじゃないか。付き合ってるのか?」

「お蔭様で」

 相変わらず千代は、ふふふ、と笑い、少し意味ありげに真砂を見上げた。

「妬いてくれますか?」

「何が」

 顔色一つ変えず、真砂が言う。
 千代は入社以来、ずっと真砂を想い続けてきたが、その想いは全く真砂には伝わっていなかったようだ。

 いいけどね、と密かに息をつき、千代はブランドショップに目を投げた。
 真砂もその視線を追って、ショップを見た。

「お前は、ああいうものがいいのか」

「え?」

「ホワイトデー」

「ああ……。まぁ何でもいいですけどねぇ。ま、定番でしょうね」

 さらりと言う。
 う~む、と真砂は悩みつつ千代を見た。

 華やかな美しさの千代は、いかにもこういったブランドジュエリーが似合いそうだ。
 それこそ、どんなものでも似合うだろう。

---こういう奴なら迷わないのかな---

 はたして清五郎は何をやるのだろう、と考えていると、歩き出しながら、千代が口を開いた。

「でも捨吉には、ちょっと荷が重いかもしれませんわね」

 疑問符を浮かべている真砂を、一軒のショップに誘う。

「いらっしゃいませ!」

 二人が店に入るなり、ガラスケースの向こうから女性店員が声をかける。
 店中の視線を集めるほどの美男美女カップルに、店員のテンションも上がったようだ。

 しかも時期も時期だし、スーツ姿の真砂は、しょぼい立場のサラリーマンにも見えない。
 それなりの立場の男がこのような美女を連れてジュエリーショップに来るからには、選ぶものもそれなりだろう、と俄然店員の気合は漲るわけだが。

 店員を無視し、千代はガラスケースの中に光る指輪やネックレスに視線を落とし、次いで真砂を見た。

「……なるほどな」

 ケースの中には、さすがに綺麗なものが並んでいるが、最低でも三万ほど。
 買えない金額ではないが、捨吉にはキツいだろう。

「ま、こんないいところで買わなければ、もっと安価でありますけどね」

「まぁな。でもこれを見ると、さすがにモノの違いがわかってしまうな」

 そもそもこういうものをまじまじと見たこともないのだが。
 だがさすがに高いだけある。
 デザインも美しい。

「仰っていただければ、お出ししますよ? 試着されては?」

 店員がにこにこと千代に言う。
 ちらりと真砂が千代を見た。

「お前はどれが欲しい?」

 まるで恋人の会話である。
 何でも買ってやると言わんばかりの色男に、店員は内心悶絶した。

「あの指輪なんか素敵ですわね」

 千代が指差す指輪を、すかさず店員がケースから出して、トレイに置いた。

「こちらは新作ですよ。華奢ですけど、付けて貰うと、この透かし彫りが引き立って映えますよ」

「あら本当。あそこにあるのは新作なのかしら。素敵だわ」

 千代が指に嵌った指輪とケースを見ながら言う。

「ええ。ここからそちらが新作になります。ホワイトデーのプレゼントですか?」

 にこにこと真砂に顔を向けるが、真砂は店員など見もしないで、ケースに目を落としている。
 ざっと見たところ、やはり綺麗だと思うものは、それなりの値段がついている。

---けど似合うか似合わないかは別だしな。何せこういうものに縁のない奴だし---

 深成が欲しがれば別だが、特に欲しがらないわ似合わないわだと、目も当てられない。

---やっぱり聞いたほうがいいな。勝手に買うのは危険だ---

「課長? どうかしました?」

 はた、と気付けば、千代が指輪をトレイに戻しながら真砂を見ていた。

「ああ、いや。お前は何でも似合うから、清五郎も楽だろうな」

「まぁ課長ったら。課長も最近、女子の扱いが上手くなりましたわねぇ」

 おほほほ、と高笑いし、千代はさっさと踵を返す。
 ぽかんとしている店員を残し、二人は店を出た。