「ただいま~」

 ドアを開けて、ててて、とリビングに走ると、真砂がソファで新聞を読んでいた。

「真砂~~。ただいまぁ~」

 ソファに飛び込む勢いで、真砂に抱きつく。
 深成を軽く抱き留めながら、真砂は新聞を横に置いた。

「あれれ。真砂、まだお風呂入ってないの?」

 横に座ってぺとりと引っ付きつつ、深成は真砂の格好を見た。
 上着とネクタイはないが、まだスーツだ。

「帰って来て飯食ったとこだし」

 深成はきょろ、と首を回して時計を見た。
 まだ九時半だ。

「あんちゃん、真砂も誘ったんでしょ。来てくれれば良かったのに」

「まだ仕事があったから、しょうがないだろ。お前と二人で同じ駅で降りるわけにもいかんしな」

「あ、そっか」

 社内恋愛はあまり公言するものではない。
 捨吉とあきのような同僚ならともかく、真砂と深成は思いっきり上司と部下なのだ。
 同棲していることなど、バレてはならない。

「酔っ払ってないか?」

「う~ん、ちょっと目が回る。あんちゃんがさぁ、やたらと真砂のこと言うから焦って。サワーごくごく飲んじゃったし」

「俺のこと? あいつ、あきとのことをお前に相談したんじゃないのか?」

「ああ! あんちゃん、あきちゃんと付き合ってるんだってね~」

 ぽん、と手を叩き、深成は嬉しそうに言った。

「うん。あんちゃん、あきちゃんのこと好きだったもんねぇ。上手くいって良かった」

「それに何で俺の話が出るんだ」

 真砂が訝しげな顔になる。
 えっとね、と小首を傾げ、少し考えた深成が、にやりと笑った。

「あんちゃん、課長はわらわを好いてるって。めちゃくちゃ好きかもしれないよって言ってたよ? 真砂、あんちゃんにバレてるじゃん」

「……何でだろう? あいつの前で、そんな話してないと思うが」

 照れるでもなく、真砂は首を傾げる。
 ちょっと不満そうに、深成が唇を尖らせた。

「わらわはちゃんと、真砂のこと大好きって言ってるのにさ。あんちゃんも、こういうこと言われたいって言ってたのに、真砂はそうじゃないの?」

「言われたいも何も、お前、もう言ってるだろ」

「でも真砂は言ってくれない」

 相変わらず不満そうに膨れる深成に、小さく舌打ちすると、真砂はぐいっと深成に身体を寄せた。

「そんなこと、言わんでもわかるだろ。それこそ捨吉にもバレてるぐらいなんだし」

「バレてるっても、何となくって言ってたもん。言われたいっていうあんちゃんの気持ち、わらわはわかる」

「俺は言葉よりも、態度で示す」

 そう言って、深成をソファに押し倒すようにキスをした。

---まぁね。真砂がキスするのも、抱き締めてくれるのも、わらわだからなんだろうけどさ---

 態度は甘いが、甘い言葉は囁いてくれない。

---けど、確かに真砂には似合わないかもね---

 こそりと思い、深成は真砂の背に回した手に、きゅ、と力を入れた。