「深成にも彼氏がいるならさ、そういうこともわかるでしょ。でも、そういうわけじゃないのかな?」

 捨吉も結構自分のことで頭がいっぱいなので、あまり深成の様子には気付かない。
 もぐもぐと唐揚げを食べながら言う。

「深成、課長のことが好きなんだったら、彼氏がいるわけじゃないんだね」

「ん……う、う~ん……」

 ぼそ、と赤くなって、深成は小さく呟いた。
 彼氏である、ということは言えないが、好きなのはもう言ってしまったほうが楽だ。
 曖昧に答える。

「やっぱりそうか。うん、でも課長、多分深成のことは気に入ってるよ。上手く行くと思う」

「そ、そうかな」

「課長はさぁ、大人っぽい美人よりも、子供っぽい可愛い子のほうが好みだったんだね」

「う、そ、そうかな」

「だって普通だったら、千代姐さんに落ちてるよ。俺も入社したときはびっくりした。あんな美人、ちょっといないし」

「あんちゃんだって、千代よりあきちゃんのほうが好きなんでしょ」

 とにかく自分から話題を逸らしたい。
 深成が言うと、捨吉はちょっと赤くなって、ぽりぽりと頭を掻いた。

「ま、まぁね。千代姐さんは美人だけど、美人過ぎて気後れするんだ。やっぱり千代姐さんには、清五郎課長みたいな大人な男が似合うよ」

「清五郎課長かぁ。あの人、よくわかんないよね。真砂課長みたいに誰も近づけないわけじゃない分、誰にでも平等過ぎて、誰が特別なんだかわかんない」

「上司としては理想だよ。平等といえば真砂課長だって平等だよ。皆に冷たい」

 あはは、と笑う。
 贔屓というものが全くない、という面では、二人とも理想的な上司だ。
 部下に対する態度は正反対だが。

---真砂も仕事面では、別にわらわを特別扱いするわけでもないもんね---

 プライベートではわらわを優先してくれるけど、と、また密かに赤くなる。
 どうも深成の頭は真砂のことでいっぱいだ。
 すぐに真砂のことを考えてしまい、顔に出てしまう。

「でもさ。深成、課長のこと好きなんだったら、バレンタイン、どうしたの?」

 真砂が誰のチョコも受け取らないのは有名だ。
 故に一課では、そういうイベントはなくなっているし、深成だって特に個別にチョコを配っていたわけでもない。
 机の上に出して、皆で食べていたチョコだって、真砂は食べていなかった。

「う、だ、だって課長、受け取らないじゃん」

 実際はチョコどころか、もっと凄いものをあげる羽目になったのだが。

---チョ、チョコだって真砂、ちゃんと作ってあげるってのに、わらわの唇に塗っただけで満足するしさっ。助平なんだからっ---

 最早真っ赤っかな顔を誤魔化すことも出来ず、深成は俯いて小さくなった。
 もちろんそんなことは知らない捨吉は、まぁまぁ、と深成の頭を撫でる。

「会社ではさすがに無理かもだけど、誰もいないところとかだと、課長、深成のチョコは貰ってくれるかもよ?」

「そそそ、そうかな。ていうか、何であんちゃん、そんな課長の気持ちがわかるの」

「わかんないよ。でも深成のことは好いてるって。うん、何となく、それはわかる。俺も羽月よりも真砂課長のほうがいいと思うよ?」

「羽月?」

 いきなり出て来た名前に、きょとん、と深成が捨吉を見る。
 今までの動揺が一気に治まった深成に、捨吉は、あはは、とまた笑った。

「羽月は深成のこと好いてるじゃん。バレンタインも、ちょっと期待してたんじゃないかな。羽月には全く興味なし?」

 面白そうに言う。
 深成は素直に、うん、と頷いた。

「悪い人じゃないのはわかるけど、お友達だなぁ。わらわはもっと、頼れる人がいい」

「だろうね。俺も羽月は可愛いし、深成とも悪くない、とも思うんだよ。でも羽月と深成だったら可愛いカップルだけど、何か違うんだよね。幼過ぎてお互い疲れそう」

「そうなのかな。ていうかあんちゃん、そんなこと言って、うっかりわらわが羽月くんと付き合ってたらどうすんのさ」

 あははは、と笑って言うと、捨吉も軽く笑って手をぶんぶんと左右に振った。

「それはないよ~。あいつがそんなこと、黙ってられるとも思えないし。大体真砂課長が許さないよ。課長、羽月が深成にまとわりつくの、気に入らないみたいだしね」

 うぐ、と黙る深成に、にやにやと笑い、捨吉はビールを空けた。

「俺が保証する。真砂課長は、深成を好いてるよ。だから深成、頑張りな」

「うう、うん……。あ、ありがと」

 内心バレバレじゃ~ん! と叫びながら、深成はひたすら梅酒サワーを飲んで噴き出した汗を冷ました。