次の日、深成が駅に向かっていると、後ろから肩を叩かれた。

「おはよう、深成ちゃん」

「あ、おはよう六郎兄ちゃん。そだ、おんなじ学校だったね」

 どうやら昔と同じくらいの距離に戻って来たらしい。

「懐かしいね。小学校の頃以来じゃん? 一緒に登校するのって」

「そうだね。でも深成ちゃんは小さいから、今でも一人じゃ心配だよ」

「えー、もう。わらわだって、もう高校生なんだから」

 ぶーぶー言いつつ電車に乗り、学校へ。
 学校が近付くにつれて、何か周りの目が二人に注がれるようになる。

 それに六郎は気付いたが、昨日越してきたばかりの新米にはその理由まではわからない。
 当然深成はそんな視線自体に気付かない。

 六郎が不思議に思っているうちに、学校についた。

「じゃあね、六郎兄ちゃん」

「ああ。深成ちゃん、ちゃんと教室まで行ける?」

「ちょっと。六郎兄ちゃんこそ、教室わかんないとかないの?」

 何歳なんだという扱いに頬を膨らませながら言う深成に、六郎は笑いながら手を挙げた。

「じゃ、帰りね。迎えに来てあげるから」

 当たり前のように言う六郎に、深成はちょっと首を傾げた。

「ん? 大丈夫だよ」

「駄目だよ。最近は物騒なんだから」

「いやでも、わらわ……」

 一人じゃないし、と言い終わる前に、六郎は再度手を振って去って行った。



 お昼。
 いつもはお弁当だが、今日は学食に行こうと、あきと約束していた。

「深成ちゃん。早く」

 あきに急かされ、学食に急ぐも、二人がついたときには、すでに食券の自販機は人でいっぱいだ。

「うわぁ。こりゃ先に席取ったほうがいいね。あきちゃん、わらわ席取っとく。きつねうどん買っておいて」

「うん、わかった。あ、パンでもおにぎりでもいいから、一つ買っておいてくれる?」

 頷き、二手に分かれて深成は学食の奥へと進んだ。
 学食の入り口横には食券売り場があり、少し中に入ったところに受け取り場と食器返却口がある。
 そこは結構な人だかりだが、パンやおにぎりは奥の小さなスペースで売っており、回転も速いので、大して混んでいない。

 ラーメンやうどんなど、一杯では食べ盛りの学生の胃は満たされない。
 大抵皆、ここでパンやおにぎりを買ってプラスするのだ。

「えっと、何にしよっかなぁ」

 うきうきと並べられたパンを物色し、深成はパンダのチョコパンを取った。
 その横のアップルパイを取ろうとしたとき、それが横の手に攫われた。

「あ」

 顔を上げると、横にいたのは六郎だ。

「あ、六郎兄ちゃん」

「ああごめん。これ、欲しかった?」

「いいよ。六郎兄ちゃんもパン買わないと足りないでしょ?」

 並んでいるパンやおにぎりは、瞬く間になくなっていく。
 すでに売り切れだ。

「まぁいいや。このパンダを半分こしようっと」

 可哀想だけど、と呟く深成を、六郎はまたほのぼのと見つめた。
 可哀想なのは半分に割られるパンダなのだろう。
 そんな深成を、可愛いな、と思うのだ。

 ……もしかすると半分しか食べられないあきが可哀想、と言ったのかもしれないが。

「六郎兄ちゃん、席取ってる?」

「いや、まだ」

「じゃ一緒に探そう。どっか空いてないかな」

 きょろきょろと見回すと、端のほうのいくつかが丁度空いた。
 何だかその周りは男の子ばっかりだ。
 空いたのに、席を探している風な女の子も、何か遠慮してなかなかそちらに行かない。

「じゃあ、わらわが貰っちゃおうっと」

 たたた、と小走りにその一角に駆け寄った深成は、女の子がなかなかここに近付けない理由を悟った。
 空いた席のすぐ前に、真砂がいるのだ。

「ほんと、先輩って人を寄せ付けないよね」

 真砂の前の席に座りつつ、深成が言う。
 真砂はちらりと視線を上げ、その横を見た。
 途端にその目が鋭くなる。

「あきちゃ~ん。こっちこっち~」

 そんな真砂の視線には気付かず、うどんとラーメンのお盆を持ってきょろきょろしているあきに声をかけ、深成は真砂に目を戻した。

「先輩、いっつも学食なの?」

「ああ」

「え~、大変じゃん。わらわ、たまにお弁当作ってきたげよっか?」

 軽く言う深成に、六郎は目を剥き、あきは目尻をぐっと下げた。
 きつねうどんを深成に渡しながら、あきはにまにまと真砂を窺う。
 真砂はちょっと驚いたような顔で箸を止めた。

「ありがと~、あきちゃん。あ、パンね、売り切れちゃったんだ。だからこれ、半分こしようね」

「あ、深成ちゃん。これあげるよ」

 六郎がすかさず持っていたアップルパイを差し出す。
 が、深成はふるふると首を振った。

「いいって。六郎兄ちゃん、アップルパイ好きでしょ」

 言いつつパンダを割ろうとする深成の前に、真砂が、ぽん、とおにぎりを置いた。

「やる」

「え、先輩は? おうどんだけじゃ足りないでしょ?」

「先に一個食った」

 素っ気なく言って、残りのうどんを啜る。
 少し考え、深成は持っていたパンダを、あきに差し出した。

「じゃ、これはあきちゃんにあげるね。先輩、ありがとうっ」

 にこ、と笑っておにぎりを受け取る。
 あきはその様子を相変わらず目尻を下げつつ眺め、ラーメンに視線を落として含み笑いした。

---おおおお、何だかんだで真砂先輩も優しいわねぇ。いっそのこと食べかけのおにぎりだったら良かったのに。それでも深成ちゃんは嬉しそうに貰ったかしらね?---

 うふうふと笑っていると、横で深成がおにぎりを剥き、はい、と真砂に突き出した。

「先輩、半分食べていいよ?」

 おおお~~!! と鼻息を荒げるあきと、目玉が落ちんばかりに目を見開く六郎の前で、真砂も少し驚いた顔をした。
 剥いたおにぎりを、深成は両手で持って、真砂のほうに差し出している。
 このまま齧れ、ということだ。

「……ここでそんなこと出来るかよ」

 ぼそ、と言い、真砂は食べ終えた食器を持つと、立ち上がった。
 そして深成の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、そのまま立ち去る。

 真砂の後ろ姿を見送ってから、深成は相変わらず嬉しそうに、はむっとおにぎりにかぶりつく。
 横で固まっている六郎など、存在自体を忘れていそうだ。

---真砂先輩、さっきちょっと照れてたわよね。あんな表情もするんだ~。つか、ここでは出来ないってことは、二人だったらいいっての? あ~んOKな人なのかしらっ?---

 うほほほ、と楽しげにラーメンを啜るあきとは打って変わって、六郎のほうはいろいろなことがぐるぐると頭を巡り、昼ご飯どころではなくなるのであった。