「ありがとうございました」

 捨吉の最寄り駅のロータリーで、あきと真砂、深成も車を降りた。

「じゃあ年始にな」

「ああ」

 清五郎と挨拶を交わし、真砂は片手を挙げた。
 車を見送ってから、さっさと駅に向かう。

「そういえば、あきは帰るのか?」

 深成を支えながら、真砂が振り向いた。

「あ、え、ええ……」

 慌ててあきが、荷物を持って捨吉を振り返った。

「じゃあね、捨吉くん」

「あ、うん」

 折角車の中で清五郎が水を向けてくれたというのに、結局何もないのか、と、ちょっと落胆しながら、あきは真砂に駆け寄った。
 が、その背に、不意に捨吉が声をかけた。

「あ、あのさっ! あきちゃん、明日とか、空いてる?」

「え?」

「初詣、行こうよ」

「……あ、うん!」

 あきが頷くと、やっとにこりと笑って、捨吉は手を振った。
 あきが先に行っていた真砂に追いつくと、真砂は意外そうな顔を向けた。

「何だ。帰るのか」

「え? ええ」

 何を驚いているのかと、あきが訝し気な顔をすると、真砂は顔を上げて、遠く家のほうに歩いて行く捨吉を見た。

「あいつの家に行くんじゃなかったのか?」

「んなっ! 何を仰ってるんですかっ!」

 当たり前のように言われて、あきは真っ赤になった。
 が、ん? と真砂を見る。
 もしかして真砂は深成の家に行くつもりなのだろうか。

 深成は一応頑張って歩いているが、足元は定まらずふらふらだ。
 これで転んだら、そのまま寝そうな勢いである。

「課長は、深成ちゃんの家に行くんですか?」

 このようなことを言うのは初めてだ。
 何て答えるだろう、と、どきどきしていると、入って来た電車に乗り込みながら、真砂はあっさりと頷いた。

「ああ。この状態のこいつを野放しにしておいたら、構わずその辺りで寝そうだしな」

 ちょい、と親指で深成を指す。
 そういうことか、とがっくりしたが、いやいや、とあきは考えを改める。

---そんなはずないわ。わざわざ捨吉くんのところで降りたのだって、きっとこの後も深成ちゃんといたいからよ。思い切り深成ちゃんのお家で自分も車を降りるのは考えものだし、自分ちのロータリーまで深成ちゃんを連れて行くのも変だしね。一番怪しまれないのが、今にも寝そうな深成ちゃんを、課長が送って行くっていう方法なのよ---

 うん、と一人で納得する。
 でもやはり、それはあくまで想像だ。
 しかも多分にあきの希望も入っている。
 もうちょっと確信的な何かが欲しい、と思い、あきはさらに突っ込んでみた。

「あ、じゃあ、あたしの家に深成ちゃん、泊めましょうか? 深成ちゃんの家、駅から結構離れてますし。課長も大変でしょ?」

 わくわく、とあきが言うと、真砂はちらりと視線を動かした。

「そうして貰うと助かるが。でもお前、そんな暇あるのか?」

 疑問符の浮かぶ顔できょとんとしていると、真砂は窓の外に目をやった。

「捨吉が、明日遊ぼうとか言ってたじゃないか。こいつが明日も、そうそう早く起きるとは思えんぞ。お前が出掛けられなくなるかもしれんが、それでもいいのか?」

 おぅ、とあきは小さく仰け反った。
 確かにその危険性は高い。

---くっ。さすがに深成ちゃんのことをよく理解してる課長だけあるわ---

 同時に、あれ? と首を傾げる。

---そうして貰うと助かるって……。あれれ、課長は別に、ここで深成ちゃんを奪われても構わないのかしら?---

 どうも、真砂の本心はわからない。

---う~ん、これはあたしだから、わかんないだけなの? 深成ちゃんはわかるのかしら。いやぁ~、何といってもあの深成ちゃんだもの。わかんないわよね。深成ちゃんには、きちんと言葉にしてるのかしら? はっきり言わないと、深成ちゃんのことだもの、不安に思うでしょうし---

 聞いてみたい、と思うが、さすがにそれは無理な話しだ。
 いろいろ考えているうちに、あきの最寄り駅についてしまった。

「えっと、じゃあ、いいんですかね」

「ああ。ていうか、明日も会うなら、あいつの家に行けば良かったのに」

「だっだからっ。あたしたち、まだそんな関係じゃないんですって」

「そうなのか? ……やっぱり女ってのは、はっきり言葉で言われないと嫌なのか」

「ど、どういうことです?」

 ぷるるる、と発車のベルが鳴っているが、ここまで聞いてしまうと、このまま降りるわけにはいかない。
 ちら、と真砂がドアを見たが、あきは再び、すとんと座席に座った。