さて次の日の朝、八時半に千代と清五郎が食堂に降りて来た。

「おはようございま~す」

 先に朝食を食べていたあきと捨吉が挨拶する。
 その隣の席には真砂の姿。

「あれ? 真砂一人か?」

 清五郎が座りながら、きょろ、と周りを見回す。
 真砂の前のテーブルには、真砂の分の朝食しかない。

「あいつ、まだ寝てやがる」

 紅茶を飲みながら、真砂がぼやいた。

「ああ、まぁ昨日遅かったしなぁ。俺たちも寝過ごしたし」

「何してたんですかぁ?」

 ずいっとあきが、清五郎に突っ込む。

「外まで花火見に行ってたんだよ。あきちゃんらは部屋から見てたのか?」

 深読みすることなく、清五郎が返す。
 捨吉が、驚いたように顔を上げた。

「え、あの後出掛けたんですか?」

「ああ。俺たちの部屋からは見えなかったからな」

 朝食を運んできた兄嫁に挨拶をしながら言い、清五郎はちらりと階段のほうに目をやった。

「そろそろ起きないと、今日滑る時間がなくなるぞ」

「あ、あたし起こしてきますね。真砂課長も、さっき来たばっかりだし、ゆっくりしててください」

 ぱっとあきが立ち上がり、そそくさと二階に向かう。
 その足取りは、やけに軽やかだ。

---さ~、どんな状態で寝てるのかしらぁ~? 浴衣、着てるかな~?---

 うふふふ~っと緩む口元を押さえながら、あきは真砂の部屋のドアに取り付いた。
 どきどきしながら、そろぉ~っとノブを回す。

 開いたドアから顔を突っ込み、きょろきょろと中を見渡してみても、深成の姿はない。
 ベッドに目をやると、布団がこんもり盛り上がっていた。
 まだ熟睡しているようだ。

 あきは、ささっと身体を中に滑り込ませると、後ろ手でドアを閉めた。
 変に起こしてしまっては面白くない。
 僅かな音も立てないほど注意して、そろ~りそろ~りとベッドに近付く。
 非常に怪しい。

 首を伸ばして盛り上がっている布団を覗き込むと、深成が幸せそうな顔で寝ている。
 目の辺りまで布団を被っているので、残念ながら浴衣がどうなっているかはわからない。

---でも……---

 ちらりと、あきはベッドの枕元を見た。

---アレは未使用。ていうか深成ちゃん、これ、ここに置いたまま寝たんだ---

 ちょっと呆れながら、もう一つのベッドに目をやる。
 そこで、あきの目がきらりと光った。
 素早く身体を反転し、誰もいないベッドに顔を近付ける。

---ていうか! ていうかこれ! こっちのベッド、未使用じゃない?---

 鼻息荒く、舐めるように無人のベッドを観察する。
 少し皺が寄っているが、ベッドメイクされたままだ。

---ということはぁ~!!---

 再び、ぐるん! と身体を反転させる。
 そして今度は、深成の眠るベッドを凝視した。

---こっちで二人で寝たってことよねぇ~~!!---

 さささっとベッドの反対側に回り、じいぃぃ~~っとシーツの乱れを観察する。
 現場検証をする鑑識のようだ。

 ここまで観察されるのであれば、昨夜下手にやってしまっていたらバレただろう。
 真砂の忍耐の勝利と言える。

---美味しいわぁ~~。ん? でもアレがそのままってことは、やってないってことかしら? あらあら、意外と課長って純? 深成ちゃんに手を出せないのかしら---

 じっくりと深成とベッドを観察し、うむ、と一つ頷くと、あきは、しゃっとカーテンを開けた。
 眩しい光が部屋に差し込む。

「……んむ~?」

 一旦ぎゅむっと目を瞑った深成が、ゆっくりと目を開ける。

「おはよう深成ちゃん。よく寝てたね」

 にこりと笑って言うと、深成は、しばし、ぼーっとあきを見、ぱっと飛び起きた。

「あっあきちゃんっ」

 ベッドの上に座り、きょろきょろと周りを見回す。
 さすがに横に真砂が寝ていたらヤバいと思ったのだろう。

「あ、課長ならもうすでに下で朝ごはん食べてるよ」

 しれっと言う。
 ほ、と息をつき、深成はごそごそとベッドの上に服を引っ張った。

---ふ~む、特に浴衣に人為的な乱れはないわね---

 あきにかかれば、単なる寝乱れか人が脱がしたものかもわかるようだ。
 まさに鑑識が天職なのではないだろうか。
 次いであきは、着替える深成をガン見した。

---確認出来る範囲でキスマークは見当たらないわ。うん、やっぱり何事もなし、か---

 なぁんだ、と、ちょっと落胆したあきは、ちらりとドアのほうへと目を向けた。

---千代姐さんたちの部屋もチェックしてみたいなぁ。でもさすがのあたしも、断りもなく人の部屋に入るのは気が引けるし---

 あきだって欲望のまま動いているわけではないのだ。
 きちんと常識はわきまえている。

「あ。あきちゃん、これからも滑るんだよね? じゃ、ウェアに着替えたほうがいいか」

 ヒー○テック的なものを着た深成が、着ようとしていたカットソーワンピを置いて、干していたタートルに手を伸ばす。
 そのとき、きらりと再びあきの目が光った。

---あらっ……---

 深成の首筋に、うっすら赤くなっている部分がある。
 おおっ! とあきのテンションが上がった。

---あれはっ! 薄いけど間違いない! キスマークだわっ!!---

 ふんごーー! と鼻息を荒げ、あきは食い入るように深成を見た。
 ちょっと深成が、微妙な顔であきを見る。

「あ、あきちゃん、どうしたの。何かついてる?」

 深成は着替えの途中なのだ。
 着替え中の深成をガン見することなど、真砂でもしない。
 はた、と我に返り、あきは慌てて前のめりになっていた身体を戻した。

「あ、ううん。ほら、お布団も上げておいたほうがいいよ」

 言いつつ、あきはそそくさと深成の横に盛り上がる布団を、ばさ、と広げて軽く折りたたんだ。
 その際、布団の中に目を走らせる。

---ん~……。特に汚れはないようね。アレも未使用。てことは、キスだけでそれ以上はしてないってことかしら? それとも真砂課長が凄く上手だったとか?---

 あきの思考は凄いところまで突き進んでいく。
 そんな邪な気をぷんぷん発するあきにも気付かず、深成は着替えを終えると、ぽん、とベッドから飛び降りた。

「さっ準備完了。あきちゃん、ご飯食べに行こっ」

「あ、うん」

 あきは再度ちらりとベッドに目をやり、鍵を掴んで駆けて行く深成を追って部屋を出た。