---んでもっ! そんなことこの場で言ったら、課長に恥かかしちゃう。それに、わらわが課長を嫌ってるって思われるかもしれないし---

 それだけは避けたい。
 変な噂がたっても嫌だし、何よりそんなことで真砂に嫌われるのは耐え難い。

---わらわ、課長のこと大好きだもんっ!---

 きゅ、と拳を握りしめる深成を、やはり千代が不思議そうに見る。
 清五郎も、微妙な顔だ。

「どうしたってんだよ。あれ、えらい冷えちゃってるじゃないか」

 千代がふと、深成の握りしめた拳を触って言う。
 が、そういう千代の手も少し冷たい。

「大丈夫だよ。千代だって、ちょっと冷えてるじゃん」

「ずっと手繋いでおけば良かったんだよ。あんたのことだから、はしゃいで雪遊びでもしたんだろ」

 あきならこの言葉の前半部分に食いつくだろう。
 が、深成は突っ込むことなく、えへへ、と笑って頭を掻いた。

「風邪引くなよ。派遣ちゃんは小さいからなぁ。真砂、ちゃんと温めてやれよ」

 清五郎が、狙ったのか何なのか、しれっと言う。

「じゃあね。おやすみ」

「おやすみ」

 手を振り、千代と清五郎は部屋に消えた。
 真砂はその間に、鍵を開けた。

 ドアを開け、深成を見る。
 いつもと雰囲気が違う。

 深成は、ぎゅっと唇を噛み締めると、意を決したように、ずいっと踏み出した。
 ずんずん、とそのままの勢いで部屋に入る。
 背後でドアの閉まる音がした。

 大きく深呼吸し、くりっと振り向く。

「課長っ!」

 必死の形相だ。
 ちょっと真砂が、妙な顔をした。

 そんなことには気付かず、深成は先の勢いのように、ずんずんと真砂のすぐ前まで行った。
 そして、がばっと抱き付く。

「わ、わらわは、ほんとに課長が好きなんだからねっ」

 どん、と真砂の胸にぶち当たる勢いで抱き付きながら言う。
 しばしそのまま時が流れた。

 どきんどきんと、やけに自分の鼓動だけが大きく聞こえる。
 何の反応もないことに不安を覚え始めた頃、ようやく真砂が手を深成の背に回した。
 おずおずと顔を上げると、いきなりぐしゃぐしゃと頭を撫で回される。

「にゃーーっ」

 慌てて頭を押さえると、真砂は、はは、と笑って、上着を脱いだ。

「ほら。さっさと着替えろ。風邪引くぞ」

 言いつつ、背を向けて服を脱ぐ。
 あ、と深成も、慌ててベッドの上の浴衣を掴んだ。

「おやすみ」

 わたわたと深成が着替えている間に、とっとと真砂は布団に入ってしまう。

「わぁん、待ってよ」

 急いで着替え、真砂のベッドによじ登る。
 すぐに、ぱっと布団を跳ね上げ、真砂は深成を引き寄せた。
 布団の中で、ぎゅうっと抱き締める。

「寒くないか?」

「うん。課長がぎゅっとしてくれるし」

 今日こそ抱かれるかも、と恐怖していたが、やはりだからといって離れて眠るのは嫌だ。
 抱き締めてはいるが、今のところ、特に真砂はキスもしてこない。
 ちらりと深成は枕元にあるモノを見た。

「ねぇ課長。あのね……、わらわ、ほんとに課長のこと、好きだよ」

 何といっていいものやら。
 結局同じ言葉を繰り返す深成に、真砂が少し笑った。

「わかってるよ」

 そう言って、深成を抱く手に力を入れる。

「俺の言ったこと、気にしてるのか?」

「だって……。限界だって言ってたし……」

 小さく言うと、少し真砂が身体をずらせた。
 深成の頬を撫でる。

「やってもいいのか?」

 う、と深成の顔が強張った。
 嫌ではないが、やはりどうしても怖い。

 が、深成はぎゅっと目を瞑ると、こくっと頷いた。
 あまりの勢いに、ごつんと額が真砂の胸に当たる。

「……無理してるのがバレバレだな」

「だ、だってっ。課長のことは好きだけど、怖いんだもんっ」

 真砂にしがみついて言う深成だったが、その頭を、またもぐしゃぐしゃと撫でられる。

「確かにこのチャンスを逃すのは惜しいがな。もういいから寝ろ」

「お、怒ったの?」

「怒るかよ。ただシーツを汚したら誤魔化しようがない」

 妙に生々しいことを言う。
 決死の覚悟をした深成だったが、それだけに、断られるとその後どうしていいのかわからない。
 不安そうに見つめていると、ちらりと真砂が視線を落として少し困った顔をした。

「そんな目で見るな。やりたいのを我慢してるんだぞ」

「う……じゃ、じゃあ今日は我慢してくれるんだね」

「今日は、な」

 ふて腐れたように言う。
 明日はお昼頃まで滑って、それから帰る予定だ。
 きっとそのまま、真砂の家に行くだろう。

「で、でも。わらわ、この覚悟は明日までもたないかも」

「もうお前が泣いたって、やめられる自信はないな」

 しれっと言う。
 そして、ぐい、と深成を抱く腕に力を入れた。

「お前も、そんなに俺を好きだと言うなら、いい加減抱かれろよ」

「わ、わらわだって、課長ならって思ってるもん。でも頭ではそう思ってても、いざとなったらやっぱり怖いんだもんっ」

 ぎゅ~~っと深成を抱き締め、ふ、と真砂は息をついた。
 そのまま目を閉じる。
 いつもより強く抱き締められたまま、どきどきしつつも、深成も目を閉じた。