「ちょっと見てくるね」

 そう言って離れるあきを、一瞬だけ捨吉が、あ、と呼び止めようとした。
 が、すぐに手を引っ込める。

---そういや捨吉くん、アレ見つけたんだったら、どうしただろう---

 回収しただろうか。
 そのまま置いてあったら、それはそれで気まずいなぁ、と思いながら、あきは階段を上がって行った。

「捨吉。ぼっとしてないで、座ればどうだ?」

 清五郎に言われ、捨吉は我に返ったように他の四人を見た。
 ぎくしゃくと、空いた椅子に座る。

「どうしたよ。別にお前があきちゃんの鍵をなくしたわけでもあるまいに」

 どことなく落ち着かない様子でそわそわしている捨吉を見、清五郎が訝しげな顔をした。
 捨吉は、ちらりとあきの去ったほうを見、他の四人、主に男性陣を見る。
 そして、しきりに照れ臭そうに、頭を掻きつつ口を開いた。

「あ、あのぅ……。あの、さっき部屋に行ったら、ベッドの枕元に、ちょっと思わぬものがあって」

 ぴく、と千代の片眉が上がる。
 深成はそんな空気には全く気付かず、真砂の肩に置いていた頭はずるずるとずり落ちて、今や膝枕状態だ。
 幸せそうに、すやすやと眠っている。

「最近のホテルって、どこでもああいうの、常備してるもんなんですかね」

 あははは~っと不自然に笑いながら言う捨吉の顔は真っ赤だ。
 皆はどう対処するのか、意見を聞きたいのだろう。

「何だよ、何かあったか? 昨日は特に何もなかったように思うが」

 清五郎が首を捻る。

「そ、それが……。あの……」

 赤い顔で、千代を見る。
 女の人の前で話していいものか躊躇っているようだ。
 が、そこで真砂が、ああ、と気付いたように口を開いた。

「ゴムか?」

 ずばりと言う。
 こういう空気を読まないところは深成と通じる。
 清五郎は、は? という顔になり、捨吉はますます真っ赤になった。

「何だよ。何のことだ?」

「昨日こいつが言ってたんだが、千代の兄嫁が、女子陣に渡したんだってよ」

 何の躊躇いもなく説明する真砂に、千代はいたたまれなくなった。

「ほんっと、余計なことをする嫁で、恥ずかしい限りですわ」

 千代が両手で顔を覆う。
 己の身内の所業なだけに、堪らないのだろう。

「はは、面白い人だな。まぁ……女子陣からしたら恥ずかしいだろうけどなぁ」

 苦笑いする清五郎は、そう言っただけで、特に動揺することもない。
 当然真砂も何とも思っていないようだ。
 捨吉はそんな二人を見つつ、そわそわと落ち着かない。

「そ、それで……。あの、ああいうのって、どうすればいいんでしょう」

 赤い顔のまま、捨吉が言う。

「どうって。そういえば、お前はそれを見つけて、どうしたんだ?」

 清五郎が、ふと顔を上げる。
 回収してきたのだろうか。

「い、いえ。あの……。どうしたらいいのかわからなくて。そ、それに、もしあきちゃんが落としたのがそれだったら、俺が拾ったら恥ずかしいだろうし」

「それだったら、わざわざ人には頼まんだろ」

 どうやら捨吉は、回収せずそのまま置いて来たようだ。

「ややこしいな。あきちゃんも、今頃困ってるんじゃないか?」

「か、回収したほうが良かったですかね」

「う~ん、あきちゃんが落としたのかもしれない可能性があったのなら難しいところだな。まぁそんな済んだことは、どうでもいいさ」

 清五郎が、伸びをしながら言う。
 真砂が、気付いたように視線を上げた。

「てことは、俺たちのところにもあるってことか」

「きっちりした義姉さんだな」

 大人男子にとっては、大したことではないらしい。
 顔を赤らめているのは捨吉だけだ。

「で、ど、どうすればいいんですかね」

 おずおずと、捨吉が上目遣いで清五郎と真砂を見た。

「どうするって何だよ。何が気になるんだ」

 真砂が訝しそうに言う。
 こういうことを何とも思わない真砂からすると、何故捨吉がアレを見ただけでこんなに挙動不審になるのかがわからない。

「だ、だって。あきちゃんも俺が先にアレ見つけたってわかっただろうし。何となく、今更お互い下手に隠せないし」

「放っておきゃいいだろ。それとも、使いたいのか?」

「そそそそ、そんなっ!!」

 椅子ごと後ろに倒れる勢いで、捨吉が仰け反る。
 清五郎が、ちょっと面白そうに真砂を見た。

「そういや、昨日女性陣は渡されたんだよな? 真砂は使ったのか?」

「いいや?」

 あっさりと首を振る。

「え、か、課長って、深成とそういう仲なんですか?」

 今更ながら、捨吉がぐいっと身を乗り出す。
 全く気付いてなかったらしい。

「そういう、とは? 別に俺は、こいつとはやってないぞ」

 ぽん、と己の膝枕で眠る深成の頭に手を置く。
 まるで仕事の話をしているように自然だ。

「おいこら真砂。女性の前で、そんなあからさまに言うもんじゃないぜ」

 どういう反応をしていいものやら、少し困っている千代に気付き、清五郎はとりあえず真砂を止めた。
 そして、ぽん、と捨吉の肩を叩く。

「まぁ、もう真砂の言う通り、放っておけばいい。変に意識しないで、ないものとして扱えよ」

「う、そ、そうですね」

 見てしまった手前難しいだろうが、それしかないだろう。
 赤い顔のまま、捨吉は頷いた。