午後からは大分深成も千代も滑れるようになり、森林コースにも行けるようになった。

「ほらほら。この辺りでそんな減速させると、途中で止まるぞ。この先は平坦だからな」

「えっ、だって曲がってるもん。スピード出たままじゃ怖いよぅ」

 焦る深成の横を、しゃっと真砂が滑っていく。

「わぁん、待ってぇ~」

「止まったら、ジャンプして進むしかないぞ」

 少し先で止まった真砂を、深成はボードごとぴょんぴょん跳ねて追う。
 手が届くところまで近づくと、真砂がぐい、と引っ張ってやる。

「ふぃ。結構ボードってしんどいねぇ」

「まぁ、結構足は疲れるな」

 コースの脇で少し休んでいると、昼食のロッヂで見た女性らが滑って来た。
 真砂に気付き、きゃあ、と小さく歓声を上げる。

 抜群に良い男でも、その恐ろしい雰囲気のため普段町では滅多に声などかけられない真砂だが、スキー場は人を開放的にするようだ。
 テンションも普段より上がるので、普通であれば出来ない行動も取れる。
 女性らは、わらわらっと真砂の傍に近寄って来た。

「あの、お上手ですね」

「どちらから来られたんですか?」

「よろしければ、ご一緒しません?」

 深成のことなど目に入らないように、皆が皆真砂に言い寄る。
 深成が、きゅ、と真砂の腕にくっつくと、女性らは一斉に冷たい目を向けた。
 『何、このガキ』という目だ。

 何故すぐ傍に自分がいるのに一緒に滑ろうなどと言うのか、と、深成は悲しくなった。
 が。

「俺は、こいつ以外に興味はない」

 一言だけそう言うと、真砂は深成の手を引いた。
 すぐにボードが滑り出す。
 唖然としている女性らを残して、真砂と深成はさっさとその場を滑り去った。



 その日も夕食後、深成たちは三人でお風呂に浸かっていた。

「ちょっと深成。やけにご機嫌だね。お昼は落ち込んでたくせに」

 ずっと鼻歌を歌いながらにこにこしている深成に、千代が怪訝な目を向ける。

「えへへ~。だってね、課長があの女の人たち、追い払ってくれたんだもん」

 顎まで湯に浸かり、嬉しそうに深成が言う。
 にやりと、千代とあきの口角が上がった。

「あっ! それに、今日は十二時に年越し蕎麦出してくれるって、千代のお母さんが言ってたし!」

 慌てて誤魔化すように言う。
 今日は大晦日なのだ。

「ああ、そういえば。向こうの山のほうでは、花火が上がるんだよ。部屋暗くしてたら見えるかも」

「へー! 凄いね。でもわらわ、今日は疲れたから、もう眠い」

「そうねぇ。折角だから見たいけど、あたしも今日は疲れちゃった」

 あきも花火は見たいが、暗い部屋で捨吉と二人っきり……となると、考えただけで落ち着かなくなる。
 でもそういう良い雰囲気な場面になれば、もしかしたらいい加減告白してくれるかもしれない、とも思う。
 うにゃうにゃ考えていると、深成が、ざば、と湯船から上がった。

「もう駄目~。眠い……」

 ふらふらと脱衣所に出ていく。

「千代姐さんは、大丈夫なんですか?」

「私はさほどでもないよ。清五郎課長は真砂課長みたいにスパルタじゃないからね」

 ふふふ、と笑う。
 そして、ちらりとあきを見た。

「あんた、アレどうした?」

「え?」

「昨日の」

「あ、ああ」

 思い出し、赤くなって、あきは湯に沈んだ。

「捨吉の気持ちを探るには、いいアイテムかもよ」

「えっ!」

「例えば、あれをさもベッドメイク時に置いて行ったという感じで、枕元に置いておいたらどうだろう? あいつ、どんな反応するだろうね?」

 少し面白そうに、千代が言う。
 あきは真っ赤になった。

「そっそんなこと! 大体それ、千代姐さんが面白がってるだけでしょ」

「まぁね。でもねぇ、遅いかもしれないよ?」

 ますます面白そうに言う千代に、あきはきょとんとした。

「その様子じゃ、気付いてないだろ。私たちが滑りに行ってる間に、あの嫁が部屋を掃除したんだろうけど。案の定、あったよ」

「……えっ……」

「ベッドの枕元にさ」

 さぁっと、あきの顔から血の気が引いた。