ロッヂの前に板を置いて、六人は中に入った。

「お腹空いたぁ。何食べようかな~」

 うきうきと、深成が嬉しそうに壁に掲げられたメニューを見上げる。

「ゲレンデと言えばカレーかなぁ。あ! オムライスカレーがある! あれにしようっと」

 わーい、と食券売り場に飛んで行く深成の後に、あきと千代も続いた。

「課長たち、何にするか決まってますか? 俺、買ってきますよ」

 先に席に座った真砂と清五郎に、捨吉が言う。

「三人分は持てないだろ? いいから先に買ってこい。それにしても、派遣ちゃんは元気だなぁ」

 笑いながら、清五郎がカウンターのほうではしゃいでいる女子陣を見る。

「でも大分上達したんじゃないか?」

「まぁな。スピードにも慣れて来たみたいだし」

 水を飲みつつ、真砂が言う。
 清五郎は他のメンバーのことも見ていたようだが、真砂は深成を追うので精一杯だ。

 深成は千代と違って、慎重に少しずつ慣れていく、というタイプではないし、真砂も清五郎のように、こつこつ丁寧に教えるタイプでもない。
 どちらも実践タイプだ。

 さてその深成は、カウンターの前でオムライスカレーを待っていた。
 食堂には当然ながら、他の客もいる。
 ふと深成のすぐ近くの女性たちの会話が耳に飛び込んできた。

「ねぇ、あそこにいる人、超格好良い」

「ああ、あの人でしょ。滑ってるの見たわ。すっごい上手かったわよ。凄いスピードで滑ってきて、ぴたっと止まったもの。格好良いわよね」

 ひそひそと話す女性をちらりと見、深成はその女性らの視線を追ってみた。
 その先には真砂の姿。

「あの横の人も、結構良くない?」

「あ、でもあっちの人は、綺麗な女の人がついてたわよ」

 どうやら女性たちは、真砂と清五郎の噂をしているようだ。
 が、清五郎は常に千代についていたし、何といっても他を圧倒するほどの美女付きであれば、誰も手は出さないだろう。

---課長には、わらわがついてるっての---

 内心思っていると、女性たちは早々に清五郎を諦め、的を真砂に絞った。

「あっちの人は? 彼女なし?」

「そういえば、誰かの面倒見てたわ」

「何それ」

 ぷ、と一人の女性が吹き出す。
 女性らの言い方からして、何となく千代との扱いが違う。
 傍から見ても明らかなほど、千代と清五郎の間の空気は違うらしい。

「あれは彼女じゃないでしょ~。小さい子供みたいだったし」

「え、子持ち?」

「まさかっ! そんな小さい子じゃないわよ。でも親戚の子とかじゃないかな」

 あははは、と笑う女性たちは、相変わらず真砂をちらちら見ている。
 その横で、深成はしょぼん、と項垂れた。

「深成。どうしたんだい」

 自分の分を受け取った千代が、深成に声をかける。
 丁度出て来たオムライスカレーを受け取り、深成は千代とその場を離れた。

「あ。ああ! あの子、あの綺麗な人の妹か何かじゃない?」

 真砂を見ている女性らの横を通ったとき、一人が千代に気付いて言った。
 女性らが、なるほど、と皆納得する。

 女性らは、深成は清五郎の彼女の妹だから、清五郎の友達の真砂が面倒を見ているのだ、と納得したわけだ。
 どうあっても、深成は真砂の彼女には見られないらしい。

「何、違うものでも出てきたの?」

 しょんぼりしている深成に水を汲んでやりながら、千代が不思議そうに言う。
 深成はちょっとだけ顔を上げて、いまだに真砂に熱い視線を投げる女性らを見た。
 それに気付き、千代は、くしゃくしゃと深成の頭を撫でる。

「気にしない。課長が誰の目をも奪うほどの良い男だってことはわかってるだろ」

「だって……。千代のことは、皆ちゃんと清五郎課長の彼女だって納得するのに、わらわのことは、全然そんな風に見られないんだもん」

 二人でいるところを見ても、誰もそんな風に思わないのであれば、いつ何時真砂に虫がつくかわからない。

「いいじゃないか。周りがどう思おうと、真砂課長が好きなのはあんたなんだから」

「そうかな。あの人たちが課長に声かけても、課長はわらわを放っぽって遊びに行かない?」

「当たり前だろ。大体今でこそあの女たち、課長に向かってきゃあきゃあ言ってるけど、いざ前に立つと何も出来ないよ。課長が無言で追い払うしね」

 千代と話していると、真砂がこちらを見た。
 深成たちの近くにいた女性らが、きゃあ、と騒いで落ち着きをなくす。
 真砂は立ち上がると、こちらに歩いて来た。

「何やってるんだ」

「ああ、深成のお盆が重いので、ちょっと手こずってたんですわ」

 にこりと千代が言う。
 すると千代の思惑通り、真砂は、ひょい、と深成のオムライスカレーのお盆を取った。
 ざわ、と女性らが騒ぐ。

「持てないほど重いモン食えるのかよ」

「もっ持てないわけじゃないもんっ」

「持って行ってやるから、俺の分買ってこい」

 すぐ隣で己を凝視している女性らのことなど全く気にせず、真砂はそう言うと、さっさと席に戻って行った。