「あきちゃん、結構上手いんだね」

 ゲレンデの端のほうでは、スキー組の捨吉とあきが滑っている。

「スキーは簡単だもの。でも両足は揃えられないのよね」

 しゃーっと滑って、ハの字で止まる。
 基礎の基礎だ。

「俺もなかなか揃えられなかったんだよね。両足を綺麗に揃えられたらさ、ボードも出来そうな気がするんだけど。足揃えたら、似たような格好じゃない?」

 言いつつ、捨吉はゲレンデの中央に目をやった。
 ぎゃーすか騒ぎながら、深成が滑っては転んでいる。

「あははっ。課長も大変だな」

 深成が転ぶたびに、すぐに真砂が滑ってきている。
 何かを話し、頷いて深成が滑り出し、転んでまた真砂が助けに行く、といった繰り返しだ。

「課長も何だかんだで、ちゃんと深成ちゃんの面倒見てるわよねぇ」

 にまにまと、あきの目尻が下がる。
 うっかり凄いスピードが出てしまうと、真砂は深成を抱き留める。
 今まで見て来たよりも、遥かに密着度合いが違うのだ。

---深成ちゃんも、課長だから安心して抱き付くしね。うふふ、これでびしょびしょになって風邪引いても、夜には課長が温めてくれるのかしらっ!---

 きゃーっと赤くなって悶絶する。

---昨夜はどうだったのかしらっ! 例のアレ、使ったりした? う~ん、深成ちゃんはあんまり想像出来ないけど、千代姐さんはどうなのよ。あっちのほうが、何かあるかも---

 あき自身は、昨夜は緊張と隣の部屋が気になって眠れなかった。
 お蔭で寝不足だ。

「あきちゃん、どうしたの」

 はた、と気付けば、捨吉が訝しそうに見ている。

「あ、ううん。深成ちゃんも千代姐さんも初心者だから、課長たち、大変だろうなって」

 笑って誤魔化すと、捨吉は再度ボード組を見た。

「そうだね。でもまぁ……俺はあきちゃんが全然滑れなくても、それはそれで嬉しいけど」

「え?」

「だって、そしたら教えてあげられるじゃん」

 あんな風に、と、清五郎のほうを指す。
 こちらはぎゃーぎゃー騒ぎながら、びゅーんと滑って派手に転ぶ深成とは違い、清五郎のリードに千代が上手く乗っている。
 二組は、子供の指導員と大人の指導員そのものだ。

「あ、あたしだって、あんまり上手くないよ?」

 人のことより自分のことを、もうちょっと考えねば、と、あきは少し積極的に出た。

「足揃えられるようになりたいんだけど、それって怖いし。捨吉くん、揃えられるじゃない」

「ちょっとだけだよ」

「出来るようになったってことよね。どうやったの? 教えて」

 あきが言うと、やっと捨吉は少し笑って、じゃあ、と指導を始めた。
 ここにゆいがいたら、逃げる意味もあって捨吉はもっぱらあきに構うのだが、完全に二人だと、そうはいかないらしい。

---もうちょっと捨吉くんも、積極的になってくれないかしら。押しが弱すぎるのも困りものよねぇ---

 これで自分が深成ばりに、しゅぱっと滑って行ったらどうするつもりなんだ、と思っていると、まさに後ろから、しゅぱーっと音がしてきた。
 ん? と振り向くと。

「わーーっ!! あきちゃん、どいてどいて~~っっ!!」

 深成が焦った表情で、両手を振り回しながら、わたわたと滑ってくる。

「みっ深成ちゃんっ……!」

 目を見開いたあきだが、身体が動かない。
 その間にも深成はどんどん近付いてくる。

「あきちゃんっ!」

 ぶつかる! と思った瞬間、捨吉の声が聞こえ、ぐいっと引っ張られた。
 同時に上から、ざっと雪が降りかかる。

「……」

 呆然とするあきは、雪まみれで固まっていた。
 目の前では、真砂にがっちり抱き留められた深成がいる。
 後ろから追いかけてきた真砂が、あきの目の前で深成をキャッチしたのだ。
 さっきのぶちまけられた雪は、真砂が止まったときに巻き上げられた雪だったわけだ。

「あ、あきちゃん~。ごめんね、大丈夫?」

 真砂の腕の中から、深成が言う。

「う、うん。びっくりしたけど、全然大丈夫よ」

 転んでしまったが、引っ張られて倒れただけなので、大したことはない。
 頷いて起き上がろうとし、あきは、はっとした。
 自分も捨吉の腕の中にいる。

「わっ! す、捨吉くんっ」

 焦って立ち上がる。

「あ、ご、ごめん」

 捨吉も照れたように赤くなって、わたわたと手を離す。
 高校生か、というほど初心い反応だ。

「しっかし深成、危ないなぁ。大丈夫なのかよ」

 誤魔化す意味もあり、捨吉が深成に話を振る。

「大丈夫だよ~。わらわはちゃんと、課長が守ってくれるもん」

 にこにこと言い、真砂の腕を掴む。
 ちなみに深成は、いまだに真砂の腕の中だ。
 何となく、聞いたこっちが照れ臭くなり、捨吉はごほんと咳払いして視線を逸らせた。

「ちょっと早いが、そろそろ昼飯にするか。下のロッヂで合流しよう」

 真砂が言い、ほれ、行け、と深成を押した。
 すぐに自分も滑り出しながら、真砂はもう少し上にいる清五郎に、ロッヂで合流する旨を伝えると、速度を上げて深成を追った。