次の日は朝からゲレンデへ。
 小さなゲレンデだけあり、事前情報の通り、あまり人もいない。

「これなら初心者でも大丈夫だな」

 言いつつ、清五郎が簡単に、千代と深成に基礎を教えた。

「うん。ターンと止まり方さえわかれば、後は何とでもなるさ」

 二人とも元々運動神経が良いので、基礎の基礎はすぐに呑み込んだ。
 あとはリフトの乗り方と降り方を教わり、いざ山頂へ。

「どきどきするね~」

 リフトからきょろきょろと辺りを眺め、深成が楽しそうに言う。

「降りた途端に転ぶなよ。俺まで巻き添えだ」

 二人乗りのリフトは、そろそろ終点だ。
 ボードは片足を外して乗る。
 降りるときは外したほうの足を板に乗せて、そのまま滑るのだ。
 初心者には、これがなかなか難しい。

「そこは課長が支えてくれないと」

「板があるのに、どうやって支えるんだ」

「えっ支えてくれないの? 怖いじゃん」

 深成が慌てているうちに、リフト降り場が近付いてくる。

「とりあえず、板が真っ直ぐなるよう、なるべく身体をあっち側に向けろ」

 真砂は深成の左側にいる。
 深成は気付かなかったが、深成が降りやすいようにしたのだ。
 言われた通り、深成は身体を右に向けた。

「か、課長が見えないじゃん。怖いよぅ」

「こけるほうが怖い。いいから、自分で滑ろうとするなよ。リフトが着いたら、ゆっくり立ち上がって、身体はあっちに向けたまま、顔だけ前を向け。そしたらリフトが膝を押してくれる」

 やがてリフトが降り場に入り、板が地面につく。
 深成は真砂の指導の通り、ゆっくりと立ち上がる。
 腰が引ける深成の右手を、後ろから真砂が取った。

「真っ直ぐ立て。進行方向を向いて、重心を前に置けよ」

 言っている間に、深成は真砂に手を引かれたまま、リフトの頂上の端まで滑った。

「わぁ、凄い。ちゃんと降りられた」

「わかっただろ」

 リフトを降りると、あとは滑り降りるだけだ。
 ボードを装着して、立ち上がる。

「基礎はさっき教わっただろ。さ、滑ってみろ」

 腕組みした真砂が、顎で崖を指す。
 ごくりと深成の喉が鳴った。

 目の前は、結構な崖だ。
 うっかり横に逸れてしまうと、コブコースに入ってしまう。

「か、課長。これ、板を下に向けたら終わりだよぅ。一気に下まで行っちゃう」

「さっきターン出来てたじゃないか。下に向けるのを一瞬にすればいい。すぐに顔を向こうに向ければ、自然にターンする」

「だ、大丈夫かなぁ」

 びくびくしながら、ちらりと少し先を見ると、千代が滑っている。
 千代も初心者だが、その前にはちゃんと清五郎がいて、きちんと一緒に滑りつつ指導しているのだ。

「課長も一緒に滑ってよぅ」

「阿呆。一緒に滑ったほうが危ないだろ。大体板は一つなんだから、一緒になんか無理だ」

「そうじゃなくて。離れたら不安なんだもんっ」

「お前がうっかり滑り落ちて行ったって、ちゃんと追いついて助けてやる。俺がちゃんと見ててやるから、お前は前だけ見てろ」

 何とも頼りになる言葉だ。
 だが、うるうる、と感動する間もなく、真砂はどかっと深成の背を押した。

「……っにゃーーーーっ!!」

 びゅおっと一気に深成の板が滑り出す。

「ほら! 怖がらずに前を見ろ! 身体が後ろになってたら、どんどんスピードが出るぞ!」

「だ、だって~~!! 怖いよぅ~~っ!! かちょーーーっ!!」

 何とかターンを試み、ちょろっと曲がるが、すぐに板は下を向いてしまう。
 どんどん出るスピードに、深成がとうとう泣き声を上げた。

「助けてーーーっ!」

 深成が叫んだとき、ざっと派手に雪が舞い上がった。
 すぐ後ろでターンした真砂が、がしっと深成の腕を掴む。

 そのままぐいっと身体が浮くほど引き寄せられ、気付いたときには、深成は真砂の腕の中にいた。
 さすがに勢いに負けて、深成を抱いたまま、真砂が後ろに倒れ込む。

「……ふ~~っ」

 雪まみれで顔を上げれば、コースの真ん中を過ぎたところだ。
 結構な距離を滑ったことになる。

「おーい、真砂ー。大丈夫かぁ?」

 上のほうで、清五郎が手を振る。

「ああ。何ともない」

 雪を払いながら身を起こし、ついでに深成もぱんぱんと叩く。

「大丈夫か?」

「うん……」

 一通り雪を払ったあとで、真砂は深成の手を掴んだまま立ち上がる。

「体重を前の足に乗せるようにしろよ。しっかり踏ん張れば止まる。怖がらずに顔を上げて、行きたい方向を見るんだ。顔の向いた方向に進むからな」

 ほれ、ついてこい、と言って、真砂が滑り出す。
 シャッシャッと華麗にターンを繰り返し、少し下で深成を待つ。
 真砂の滑りを真似て、深成も徐々に慣れていった。