さて一方隣の部屋では、ちょっとした事件が起きていた。
 千代の兄嫁に渡されたモノを握ったままだった深成が、部屋で荷物を置いたときに、それを落としたのだ。
 さすがの深成も恥ずかしく、結局事の次第を真砂に説明する羽目になった。

「何を考えているのかね、あの女は」

 真砂の横で小さくなりつつ説明する深成に、呆れ気味に言う。

「親切……なんだろうけど。でもさ、わらわたちはともかく、千代とかも、そういう関係なの?」

 明らかに、あの兄嫁は千代にこれを渡していた。
 あきと深成はついでのようなものだ。

「そういうって?」

 少し、真砂が深成に身体を寄せて言った。
 ちなみに今二人は、同じベッドに座っている。

「俺たちはともかくってことは、お前は俺たちは、こういうものを使う関係だって思ってるんだな?」

「えっ……。えっと」

「よくわかってるじゃないか」

 真砂の手が深成の肩にかかり、引き寄せながらベッドに倒れ込む。

「あ、あのっ、課長……」

 わたわたしているうちに、深成の口は真砂の口で塞がれる。
 こういう、いかにもなシチュエーションでキスされるのは初めてではないが、いつもながらどっきんどっきんと鼓動が跳ね上がる。
 ぎゅうっと真砂の浴衣を握りしめて震えていると、ようやく真砂が唇を離した。

「……ま、ここでやるのは、ちょっと考えものだよな」

 呟き、上体を起こすと、さっさとベッドを降りる。
 そして隣のベッドにごろりと横たわった。

「あっ! か、課長、そっちで寝るの?」

 深成が、がばっと跳ね起きて、慌てたように言う。

「何だよ。こっちがいいのか?」

 真砂の言葉に、こっくりと深成が頷く。
 しぶしぶ真砂が立とうとすると、深成が、さっと真砂のほうへ身を寄せた。

「違う。そうじゃなくて、一緒がいいの」

「はぁ?」

 ぐいぐいと真砂を引っ張り、同じベッドに潜り込む。

「他のメンバーもいるのに、今やるのはどうかと思うぜ」

「違うって。もぅ、課長は助平なんだから。そうじゃなくて、課長とはいっつも一緒に寝てるでしょ」

「だから今は、そういう状況じゃないだろ」

 いくら部屋が別とはいえ、同僚と部下との旅行だ。
 前のような社員旅行ではなく、今回はプライベートではあるが、やはり何となく周りの目が気になる。

「だってわらわ、知らないところで一人で寝るのって怖いんだもん」

「だからって……」

 困ったように言う真砂も気にせず、深成は手を離さない。
 普通の女がやったら誘っているとしか思えない行動だが、幸か不幸か深成だとむしろ誘っているとは思えない不思議さだ。

「しょうがないな」

 そう言って、真砂は深成の横に寝転んだ。
 ぴとりと深成がくっついてくる。

「浴衣なんだからな。あんまり暴れるなよ」

「課長が押さえててよ」

 言いながら、ぎゅむ~っと抱き付いてくる。
 テーブルの上には、深成の貰ったアレがある。
 その気になればいつでも出来る状態だというのに、この警戒心のなさは何なんだか、と思いつつ、真砂はやれやれ、と部屋の電気を落とすのだった。