「わ、わらわ、これ初めて見た……」

 深成がまじまじと手の中のモノを見る。
 ちらりとあきが視線を動かした。

---てことは、課長はまだ深成ちゃんに手を出してないってことか。ナシでやってるって可能性もあるけど……---

 何を考えているんだか。
 そんなことより、兄嫁に渡されたモノのお蔭で、何となく部屋に帰る女子陣の足が重くなる。
 妙に意識してしまっているのだ。

「こ、こんなものわざわざ持ってるって、おかしいじゃないか。まるで誘ってるみたいだよ」

 ぷんぷんと腹立たしげに言いながら、千代は持っていた袋にそれを入れた。
 あきも隠すように、袋の奥に入れる。

「これってさ、女の子が持っておいていいもの? 男の子のほうが持ってるもんだと思ってた」

 一応深成も、これが何なのかはわかっているようだ。
 が、何となく何も考えずに真砂に渡しそうだ。

「ちょいと深成。それ、自ら真砂課長に渡したりしないんだよ。引かれるよ」

「え、何で?」

「何でって。ただでさえ、あんたはそんな感じじゃないんだから。いかにも慣れてなさそうなあんたからそんなもの渡されたら、さすがに真砂課長だってびっくりするよ。悪くしたら、幻滅されるかも」

 若干大袈裟に言ってみると、深成はあからさまにビビった顔になった。

「やだ! そんなの」

 泣き出す勢いで言う。
 女子陣が困っていると、階段の上から清五郎が顔を出した。

「何やってるんだ?」

「あ。い、今行きます」

 いつまでもロビーにいるわけにもいかない。
 慌てて三人は階段を上がって行った。

「とりあえず、明日は九時頃にはゲレンデに出るようにするか」

 廊下で明日の予定をざっくり決め、それぞれ部屋に散る。
 あきがドアを開けると、捨吉が、ぱっと飛び起きた。

「あれ? そういえば、さっき捨吉くん、いなかったね。お風呂は?」

 捨吉はまだ来たときの服装のままだ。

「あ、いや、ほら。誰かが鍵持っておいたほうがいいかな、と思って。課長たちが戻って来てから行くことにしたんだ」

 あははは、とどこかぎこちなく笑い、そそくさと浴衣を掴む。

「そ、それじゃ、行ってくるね。あ、疲れたろ。先に寝ててもいいよ」

 早口に言い、足早に出て行く。
 その後ろ姿を、あきは複雑な思いで見送った。

---う~ん、あたしも捨吉くんと二人っきりってのは、ちょっとどうしていいのかわかんなかったけど。でもだからといって、先に寝ちゃうのもどうなのよ。捨吉くんだって、もうちょっとリードしてくれてもいいんじゃないの? あたしのこと好きだって言うならさ---

 赤い顔で、すとんとベッドに腰掛ける。
 深成や千代は、捨吉はあきのことを好いていると言う。

 それらしいことは言うし、少なくとも嫌われてはいないのはわかるが、捨吉本人がはっきり言わないのだ。
 故に、妙に変な緊張感がある。
 しかもさっき妙なモノを渡されたせいで、変に意識してしまう。

---こ、こういうときは、他に神経を集中させるべきよね---

 そそくさと、あきは初めに座っていた壁際の椅子に移動した。
 壁にもたれかかって、耳を澄ます。

 何か話しているようだが、残念ながらやはり内容までは聞こえない。
 だがたまに深成の笑い声が聞こえるので、あきのような緊張感はないようだ。

---いいなぁ。まぁ……付き合ってるんだったら普通か---

 隣の部屋に集中するのは諦め、あきはぼす、とベッドに寝転がった。

---そうよね、清五郎課長も言ってたように、何もダブルベッドなわけじゃないんだから、いつも通り、普通にしておけばいいじゃない---

 例えまだ付き合っていなくても、清五郎だとこちらを変に緊張させることもなく、普通に過ごすようリード出来るのだろうなぁ、と、これまた羨ましく思うあきなのだった。