湯から上がったところで、奥から慌てた様子で走り出て来た千代の兄嫁に出くわした。

「お、お千代ちゃんっ!」

「何、義姉さん」

 冷めた目で言う千代のすぐ前まで近づき、兄嫁は、じ、と千代を見た。
 そしてあきと深成にも目を回す。

「あ、あの、あのね。あの男性たちは、皆、その……あなたたちの恋人なの?」

 何か言いにくそうに言う。
 見るからに固そうなこの女性からすると、こういうことを口にするだけでも恥ずかしいようだ。

「何なの、いきなり」

 千代が眉間に皺を刻みながら言う。
 何事にもあっさりさっぱりはっきりしている千代は、こういう人とは合わないようだ。
 少し鬱陶しそうに兄嫁を見る。

「い、いえ。咎めるつもりはないのよ。あ、あのね、あの……」

 もじもじと何となく頬を染めながらもごもご言う兄嫁を訝しそうに見ていると、男湯のほうから清五郎と真砂が出て来た。

「おや? 丁度か?」

 片手を挙げる清五郎に、あきの目がきらりと光る。

---おお~~っ! 浴衣姿もイケてるわぁ~。そういや真砂課長、去年の年末に着流しのほうが好きだって言ってたけど、うん、似合ってるわぁ。和服が似合うわよねぇ。別にそんな和風な顔でもないのに。あのちらりと見える胸元の素肌が堪んないわっ! 夏といいこの冬といい、両課長の色気にやられっぱなしだわ~~っ---

 あきは心の中で盛大に叫び、一人にまにまするだけだが、清五郎は嫌味なくさらりと口に出す。

「いやぁ、眼福だな。女の子の浴衣姿はいいね」

「七五三の奴が一人いるがな」

 にこにこと爽やかに褒める清五郎の後ろから、真砂が無表情にぶった切る。
 きーっと飛び掛かる深成を軽くあしらいながら、真砂は階段へ。
 その様子に笑いながら、各々も二階へと向かうが、不意に、千代の腕を兄嫁が掴んだ。

「お千代ちゃんっ! や、やっぱりこれ、渡しておくわ。こういうことは、ちゃんとしておかないと」

 真っ赤な顔で、意を決したように兄嫁が言う。
 そして、何かを千代の手に握らせた。
 疑問符の浮かぶ顔で握らされたモノを見た千代は、ぎょっとした。

「ちょ、義姉さん」

 驚いた千代が止める間もなく、兄嫁はあきと深成にもそれを渡す。

「皆、自分の身は自分で守るのよ。いくら恋人だからといっても、やっぱり女子のほうからしたら、不安な面もあるでしょう。後々後悔しないためにも、きっちりね」

 紅潮した顔で、きっぱりと言う。

「え~っと……」

 そのモノを渡された二人も、微妙な顔でそれを見る。

「お千代ちゃん、頑張るのよ」

 最後に千代に向かって、ぐっと拳を握ってみせる。
 千代は真っ赤になって、ふるふると震えていた。
 怒りのためか、恥ずかしさのためか。
 千代が固まっている間に、兄嫁は、じゃ、と言い置いて去って行った。

「……あの兄嫁はっ……! 何考えてるんだ!」

 渡されたモノを握り潰す勢いで拳を握りしめる。

「……千代姐さ~ん……。あの、これって……」

 あきもどうしていいものやら、赤くなっておろおろしている。
 渡されたのは、ここがラブホテルだと常備されているアレだ。

 兄嫁的に気を利かせたのだろう。
 大人しそうな顔をして、思考はヤバいかもしれない。