女湯では、広い湯船に浸かりながらの恋話に花が咲いていた。

「千代姐さんたら、いつの間に清五郎課長と?」

 あきが興味津々で千代に言う。

「いつの間にっても、わかんないよ。ていうか、う~ん、いまだによくわからない。清五郎課長、はっきり言わないもの」

 照れるでもなく、千代は首を傾げる。
 隠す気はないようだ。

「え、だって清五郎課長、千代姐さんのお母さんに自ら立候補してたじゃないですか」

「あれだって、本気なんだかわかんないよ。まぁ……本気だったら嬉しいけどね」

 ふふ、と笑う。
 おやおや、とあきは湯船に鼻まで浸かって、思い切り目尻を下げた。
 その横を、控えめに深成が泳いでいく。

「こら深成。何泳いでるんだよ」

「だって広いもん。犬かきだから顔つけてないし。気持ちいいねぇ」

 無邪気に戯れる深成の身体を、あきがガン見した。
 幼児体型……とまでは言わないが、やはり色気は皆無である。

---う~ん、千代姐さんとは比べるまでもないわね。まぁわかってたことだけど。でも真砂課長は、この身体が良いのかしら---

 何気に凄いことを考える。

---うん、お肌は綺麗だわ。つるつるすべすべ。キスマークもなし。まだ真砂課長は深成ちゃんに手を出してないのかしらね? あれ? でもお家に行ってるんじゃないの?---

 何をチェックしてるんだか。
 あきにとってこの旅行は、妄想の刈り入れ時期だ。
 目尻が下がりっぱなしである。

「ところであき。あんた、どうなんだよ」

 不意に千代が、あきを見た。
 ん、と千代を見ると、少し面白そうな表情とぶつかる。

「このメンバーってことは、あんた、捨吉と上手くいったのかい?」

「え、えええっ」

 こと自分のこととなると、真っ赤になって狼狽える。
 わたわたとあきが焦っているうちに、深成が話しに入って来た。

「へー、そうなんだ! あんちゃん、あきちゃんのこと好きだもんねぇ」

「みっ深成ちゃんっ!」

「何慌ててるんだよ。ゆいに対する態度と、あんたに対する態度が全然違うことぐらい、わかってただろ?」

「ゆいちゃんは、また違うじゃないですか。誰しもあんな態度取られたら引きますよ」

 真っ赤になりつつ、あきは無駄な抵抗を試みる。

「そんなこと言って。清五郎課長が、そういう関係でない子を誘うわけないだろ?」

「そ、それは……」

 そうかもしれない。
 が、ここでふと、あきは深成を見た。

「てことは、真砂課長のことも気付いてるってことですか」

「私たちが気付いてることに、清五郎課長が気付かないわけないと思うよ」

 あっさりと言う。
 深成はきょとんと、二人を見た。

「まぁ微妙に曖昧にしておいたほうがいいかもね。はっきりわかってしまうと、ほら、いろいろやりにくくなったりするし」

「そうかもですけど……。真砂課長は人気があっても皆一歩引いてるし、真砂課長が思いっきり深成ちゃんしか見てないからいいですよねぇ」

 心底羨ましそうに言うあきに、深成はようやく何のことだかわかったようだ。
 いきなり挙動不審になる。

「なっ何? 何言ってんの」

 わたわたと真っ赤になりながら視線を彷徨わせる。
 わかりやすっ! と千代が呟いた。

「でも清五郎課長は、ちゃんと言ってくれないと、それこそ心配じゃないですか? 誰にでも気安いし、人気もあるじゃないですか。真砂課長よりも、随分近づきやすいですよ」

 深成の動揺など気にもせず、あきは千代に言った。
 千代は少し首を傾げる。

「う~ん……。そうかもしれないけど、どうかなぁ。確かに本気と冗談の境目がわかんないお人ではあるけど、その空気感ってのがいいというか。不安ではないかな」

 清五郎の本心は千代にあるのだろう、と、こういう場になると何となく思う。
 会社にいるだけではわからないが、それこそプライベートを一緒に過ごすとわかるのだ。
 多分二人のときは、もうちょっと甘い雰囲気になるのではなかろうか。

---真砂課長よりもリードは上手そうだわ! 千代姐さんだって思い切り大人だし! うわっ、もしかしてこっちの二人のほうが進んでるんじゃないっ?---

 久々に鼻の奥が熱くなり、あきは慌てて上を向いた。

「私らのことより、あんたはどうなんだよ。何となく、一番ややこしそうなのが、あんたのとこだよ?」

 千代に言われ、あきは一瞬きょとんとした。

「ゆいがぐいぐい来るだろ? 捨吉も曖昧だしねぇ。一番はっきりしない男だよね」

「あっそういえば。あきちゃんもさ、ゆいさんみたいに、ぐいぐい行ったら?」

 自分から話題が逸れたので安心した深成が、ずいっとあきに身体を寄せる。

「あんちゃん、意外と恥ずかしがり屋さんなんだねぇ。優しいからさ、このままじゃゆいさんに押し切られちゃうよ?」

 ゆいに良い印象のない深成としては、あきに頑張って貰いたいところだ。
 千代もうんうんと頷く。

「そうだねぇ。まぁ……あのゆいに落ちることはない、とは思うけど。でも面倒臭くなったりするかもだし。それにあれだけ強烈に押してきてたゆいが、あるときふっと引いた途端、立場が逆転するってこともあるかもよ?」

 ぴき、とあきの顔が強張る。
 一理ある。
 優しいだけに、どんだけぐいぐい来られても邪険に出来ない捨吉は、ゆいがちょっと引いたところを見せると気になるかもしれない。

「あきちゃんは? あんちゃんのこと好きなの?」

 ずばんと直球で聞く深成に、あきは赤くなりながらも困った顔をした。
 あきも己のこととなると純情だ。

「……深成ちゃんは、真砂課長のこと好き? て聞かれてどう答える?」

 反撃を試みてみるが、相手が悪かったのだろう、深成はあっさりと答えた。

「好きって答えるよ?」

「……そうだろうね」

 若干胡乱な目になって、あきはこっそり視線を逸らせた。