「わー、凄~いっ! 課長、見て見て。ペンギンが煙吐いてるよ~っ」

「阿呆。それは水蒸気というんだ」

 真ん中の部屋からは、深成の楽しそうな声が聞こえる。
 開いたドアからその様子を見、清五郎は笑いつつ捨吉の手に鍵を押し付けた。

「何を焦ってるんだ。お前だって子供じゃないんだから、別に構わんだろ。ダブルベッドなわけでもなし」

 ぽん、と肩を叩く。
 子供じゃないから困るんだ! と心の中で叫ぶ捨吉を通り越し、清五郎は一応あきに了解を得る。

「あきちゃんは、こいつとの相部屋は嫌か?」

「え、い、嫌ではないですけど……」

 真っ赤になって、もじもじ言う。

「ということだ。良かったな。ま、何かあったら遠慮なくぶちのめして逃げておいで」

 捨吉ににやりと笑いかけ、最後にあきの肩をぽんと叩いて、清五郎は部屋に入ってしまった。
 しばし呆然と廊下に立ち尽くしていた二人だが、あとのペアが決まっている以上、邪魔は出来ない。
 それに、いつまでも迷っているのは、あきに失礼ではないか! と思い、捨吉は意を決すると、鍵を鍵穴に差し込んだ。

「全く、しょうがないよなぁ。ていうかさ、清五郎課長と千代姐さんって、そういう関係だったんだ?」

 あははは、と不自然に笑いながら、捨吉はドアを開けると、足早に中に入った。
 あきが少し安心した顔で後に続く。

「そ、そうね。でもやっぱり、清五郎課長はどこまで本気で言ってるのかわかんないわ」

 荷物を置き、あきはちらりと廊下に目をやった。

---言動の全てが謎だけど、何気に清五郎課長って、実は冗談って言わないんじゃないかしら。冗談ぽく言ってるけど、結構全部本気なのかもしれないわ---

 おぅ、じゃあこの旅行を機に、あの二人も進展があるのでは、とうきうきしつつ、あきは壁際に置いてある椅子に腰掛けた。
 さりげなく聞き耳を立てる。

 隣の部屋からは、相変わらず深成の楽しそうな話し声が聞こえている。
 残念ながら内容まではわからないし、真砂の声は低いので聞こえないが。

---この二人は付き合ってるんだろうから、まぁ自然だわよね。あら、でもやっぱり深成ちゃんに色気は皆無だわ。どこまで進んでるのかしらね? どーも想像つかないわ---

 相変わらず人のことに関しては、物凄い鋭さである。
 あり得ないほど正確に関係性を読み取る。

---深成ちゃんとこの気持ちはわかってるから置いておいて、それより知りたいのは、そういうときの真砂課長の態度よね。あの課長が、深成ちゃんと二人のときは、どんな風になるのかしら。超優しかったりするのかしら?---

 にまにまと頬を緩めていると、いきなりばたばたばた、と激しい足音が廊下を走って来た。
 驚いていると、あきたちの部屋の前で、ぴたりと止まる。

「……」

 しん、と落ちる沈黙。
 あきは捨吉と顔を合わせた。

「……今、足音がしたよね?」

「うん。結構凄い音だったよね」

「ま、まさか……ゆいちゃん……?」

「え、ま、まさか……」

 捨吉の顔が青くなる。
 ここでゆいが現れたらホラーである。

 二人で息を詰めてドアを見つめていると、ぱたぱた、と足音が少し遠ざかった。
 が、またすぐに止まる。
 そして、再びぱたぱた。
 どうやらこの前の廊下を、行ったり来たりしているようだ。

「す、捨吉くんのこと、探してるんじゃないの……?」

「や、やめてよ」