【キャスト】
mira商社 社員:捨吉・あき・千代・ゆい
課長:真砂 派遣事務員:深成
・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆
その日は捨吉は、真砂について顧客のところに出向いていた。
「それでは、今日はどうもありがとうございました」
「いやいや、またよろしく頼むよ」
一階の受付まで送ってくれた客先の重役に挨拶し、館内に入るために借りたIDカードを受付嬢に返す。
真砂からカードを受け取った受付嬢が、あの、と声をかけた。
「……何か」
退館時間を記入していた真砂が顔を上げると、一旦きゅ、と唇を引き結んだ受付嬢は、意を決したように、小さな封筒を差し出した。
「も、貰ってくださるだけでいいですからっ」
ふるふるふる、と震えながら差し出されるピンクの封筒を、真砂は少し訝しそうな目で見た。
「……後のことを期待して貰っても困るのだが」
抑揚のない声で言う真砂に、受付嬢は、ぴく、と肩を震わせたが、それでもずい、と封筒を差し出した。
ここまで頑張ったら、引っ込みもつかないのだろう。
「そ、それはわかってますっ。あの、本当に貰っていただければ、それでいいんです」
ふ、と小さく息をつくと、真砂は差し出される封筒を受け取った。
「では」
それだけ言って、とっとと背を向ける。
それなりに綺麗な受付嬢は、安心したように目を潤ませて、その背に熱い視線を送った。
「さすが課長ですねぇ。どこの受付嬢も、課長にかかればいちころですもんねぇ」
昼を食べに入ったうどん屋で、捨吉が感心したように言った。
新人の頃から、こういう場面はかなり見てきた。
真砂が出向くと、受付嬢はもちろん、会う女子社員の視線は軒並み奪われていく。
毎年バレンタイン時期の営業は、帰りが大変な荷物になる。
通常であれば無慈悲に断る真砂だが、相手は顧客だ。
あまり邪険に出来ないため、やんわりと断りはするのだが、皆めげない。
もっとも真砂は会社の付き合いで貰っている、という風に理解しているようだ。
個人的に貰っているわけではないと思っているので、お返しはもっぱら再び出向いたときに、担当者にまとめて手土産を渡す程度なのだが。
ちなみに貰ったチョコは、即課内への土産になる。
真砂の口に入ることなどない。
「あそこの受付嬢って、綺麗で有名ですよ。とうとうあそこも落としましたね」
へら、と言う捨吉に冷たい目を向け、真砂はちらりとスーツのポケットに突っ込んだままの封筒を見た。
ちゃんとしたカードだが、封はしていない。
ぺら、と中を見てみると、名前と携帯番号、アドレスが書いてあった。
「どうしろと言うんだか」
うどんを啜り、真砂は片手でそのカードをくしゃ、と握り潰した。
捨吉が、少し驚いた顔をする。
「え、いらないんですか?」
「欲しいのか?」
くしゃくしゃになったカードを翳す真砂に、捨吉はぶんぶんと首を振った。
「それは課長が貰ったものですもん。俺が貰ったって、どうこう出来ないでしょ。そうでなくて、課長、何もしないんですか?」
「何をするというんだ?」
眉間に皺を刻んで、真砂はカードをびり、と裂くと、店の隅にあった屑籠に放り込んだ。
「綺麗な人だったじゃないですか。連絡してあげたら喜びますよ」
「そうか? だとしても、何で俺から用事もないのに連絡せんといかんのだ」
はっきり言って、真砂は受付嬢の顔など覚えていない。
その辺で会ってもわからないだろう。
興味のない者のことなど、どうでもいいのだ。
「相手も貰ってくれるだけでいいと言っていただろ。希望通り貰った。何か期待されても困るとも言った。あとは知らん」
もうカードのことなど忘れたように、真砂はそう言うと、うどんに戻った。
---まぁ課長はモテるから、もう何とも思わないのかもなぁ。そういや課長って、どんな恋愛してきたんだろう。結構何でもスマートにこなしてきたんだろうな---
美人な受付嬢の告白にも動じない真砂に尊敬の眼差しを向けながら、捨吉は考えた。
真砂は捨吉の憧れだ。
スタイルも良いし顔も良い。
仕事も出来るし人望もある。
きっとこの真砂であれば、恋人にだってスマートに接するに違いない、と、捨吉は最近悩んでいることのアドバイスを、真砂に求めることにした。
「課長。課長って、恋人へのプレゼントって、何をあげてきました?」
うどんを食べ終えた真砂が、箸を置いて捨吉を見た。
思い切り妙な顔だ。
「何の話だ?」
「ちょっと悩んでるんで、相談に乗って欲しいんです。気になる子の誕生日がもうすぐなんですけど、何をあげたら喜ぶかなぁって」
「本人に聞けばいいだろう」
何とも合理的な答えだ。
真砂らしいといえば真砂らしい。
サプライズなどとは無縁のようだ。
「それが出来れば苦労しません。ていうか、付き合ってたら軽く聞けますけど、まだそこまでじゃないし。仲が良い程度で、いきなりあげても引かれないぐらいのプレゼントって、何がいいんだろう。女の子って、何をあげたら喜ぶんでしょう?」
ここは経験豊富であろう真砂にアドバイスを貰えば間違いはなかろう、と思ったのだが、捨吉の言葉に、真砂はちょっと意外そうな顔をした。
「そんなもん、わかるかよ。つか、別に関係性なんてどうでもいいだろ。何かやりたいなら、誕生日に何が欲しいって聞けばいいじゃないか。仲良しなんだったらなおさら、それぐらい聞けるだろ」
サプライズ精神皆無の返しを受ける。
あれれ? と捨吉が首を傾げた。
「課長。今まで課長って、そういう記念日ってどうしてきたんです?」
この真砂であれば、何をやっても絵になりそうだが。
が、どうやらスマートに恋愛をこなしてきたはずの真砂は、捨吉の想像でしかないようだ。
「何だよ、記念日って。そんなものをしたことなどない」
捨吉の幻想をぶった切る。
「えっだって、相手の誕生日とか、クリスマスとか。何かプレゼントするものでしょう?」
「だから、そういうときは、相手に聞くもんだ。勝手に決めて欲しくもないものをやる羽目になるよりマシだろ」
「そうかもしれませんけどぉ」
不満そうに言いながらも、捨吉はどこか納得した。
こういう気遣いに欠けるところも真砂なのだ。
こういうところも、多分女子にとっては堪らない要素なのだろう。
何でもスマートにこなせそうで、実は不器用。
いわゆるギャップ萌えってやつ。
……ちょっと違うかもしれないが。
「それは課長だから許されるんですよぅ。中にはサプライズプレゼントを喜ぶ子だっているんですから」
「そうなのか?」
きょとん、と真砂が驚いた顔になる。
頭の片隅にもなかった考えなのだろう。
「女の子って、結構そういうの、好きなんですよ。誕生日とかに、何も用意してないふりして、お店に入った途端、店員総出でお祝いしてくれるとか」
「えっ。恥ずかしいだけじゃないのか、そんなもの」
思い切り真砂が引く。
こんなに驚いた課長を見るのは初めてだ、と捨吉はちょっと楽しくなった。
「そこまでじゃなくても、ご飯食べに行った最後に、さりげなくケーキを用意してるとか。送っていく車の後部座席に、バラの花束を用意してるとか」
あんぐりと、真砂は口を開けて捨吉を見ている。
「そ、そんなことを、女はして欲しいものなのか……」
心底驚いたように言う。
色恋に関しては、真砂はなかなか残念な男なのだ。
元々デリカシーというものがない。
細やかな愛情を与える、ということもないのだ。
「課長もちょっとは、そういうことしたほうがいいんじゃないですかね。普段してないなら、効果も抜群でしょうし」
自分のお悩み相談のはずだったのに、何だか真砂にアドバイスする羽目になってしまった。
結局捨吉のお悩みは解決されず、真砂はちょっとした衝撃に、それぞれう~ん、と頭を悩ませたまま会社に戻った。
mira商社 社員:捨吉・あき・千代・ゆい
課長:真砂 派遣事務員:深成
・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆
その日は捨吉は、真砂について顧客のところに出向いていた。
「それでは、今日はどうもありがとうございました」
「いやいや、またよろしく頼むよ」
一階の受付まで送ってくれた客先の重役に挨拶し、館内に入るために借りたIDカードを受付嬢に返す。
真砂からカードを受け取った受付嬢が、あの、と声をかけた。
「……何か」
退館時間を記入していた真砂が顔を上げると、一旦きゅ、と唇を引き結んだ受付嬢は、意を決したように、小さな封筒を差し出した。
「も、貰ってくださるだけでいいですからっ」
ふるふるふる、と震えながら差し出されるピンクの封筒を、真砂は少し訝しそうな目で見た。
「……後のことを期待して貰っても困るのだが」
抑揚のない声で言う真砂に、受付嬢は、ぴく、と肩を震わせたが、それでもずい、と封筒を差し出した。
ここまで頑張ったら、引っ込みもつかないのだろう。
「そ、それはわかってますっ。あの、本当に貰っていただければ、それでいいんです」
ふ、と小さく息をつくと、真砂は差し出される封筒を受け取った。
「では」
それだけ言って、とっとと背を向ける。
それなりに綺麗な受付嬢は、安心したように目を潤ませて、その背に熱い視線を送った。
「さすが課長ですねぇ。どこの受付嬢も、課長にかかればいちころですもんねぇ」
昼を食べに入ったうどん屋で、捨吉が感心したように言った。
新人の頃から、こういう場面はかなり見てきた。
真砂が出向くと、受付嬢はもちろん、会う女子社員の視線は軒並み奪われていく。
毎年バレンタイン時期の営業は、帰りが大変な荷物になる。
通常であれば無慈悲に断る真砂だが、相手は顧客だ。
あまり邪険に出来ないため、やんわりと断りはするのだが、皆めげない。
もっとも真砂は会社の付き合いで貰っている、という風に理解しているようだ。
個人的に貰っているわけではないと思っているので、お返しはもっぱら再び出向いたときに、担当者にまとめて手土産を渡す程度なのだが。
ちなみに貰ったチョコは、即課内への土産になる。
真砂の口に入ることなどない。
「あそこの受付嬢って、綺麗で有名ですよ。とうとうあそこも落としましたね」
へら、と言う捨吉に冷たい目を向け、真砂はちらりとスーツのポケットに突っ込んだままの封筒を見た。
ちゃんとしたカードだが、封はしていない。
ぺら、と中を見てみると、名前と携帯番号、アドレスが書いてあった。
「どうしろと言うんだか」
うどんを啜り、真砂は片手でそのカードをくしゃ、と握り潰した。
捨吉が、少し驚いた顔をする。
「え、いらないんですか?」
「欲しいのか?」
くしゃくしゃになったカードを翳す真砂に、捨吉はぶんぶんと首を振った。
「それは課長が貰ったものですもん。俺が貰ったって、どうこう出来ないでしょ。そうでなくて、課長、何もしないんですか?」
「何をするというんだ?」
眉間に皺を刻んで、真砂はカードをびり、と裂くと、店の隅にあった屑籠に放り込んだ。
「綺麗な人だったじゃないですか。連絡してあげたら喜びますよ」
「そうか? だとしても、何で俺から用事もないのに連絡せんといかんのだ」
はっきり言って、真砂は受付嬢の顔など覚えていない。
その辺で会ってもわからないだろう。
興味のない者のことなど、どうでもいいのだ。
「相手も貰ってくれるだけでいいと言っていただろ。希望通り貰った。何か期待されても困るとも言った。あとは知らん」
もうカードのことなど忘れたように、真砂はそう言うと、うどんに戻った。
---まぁ課長はモテるから、もう何とも思わないのかもなぁ。そういや課長って、どんな恋愛してきたんだろう。結構何でもスマートにこなしてきたんだろうな---
美人な受付嬢の告白にも動じない真砂に尊敬の眼差しを向けながら、捨吉は考えた。
真砂は捨吉の憧れだ。
スタイルも良いし顔も良い。
仕事も出来るし人望もある。
きっとこの真砂であれば、恋人にだってスマートに接するに違いない、と、捨吉は最近悩んでいることのアドバイスを、真砂に求めることにした。
「課長。課長って、恋人へのプレゼントって、何をあげてきました?」
うどんを食べ終えた真砂が、箸を置いて捨吉を見た。
思い切り妙な顔だ。
「何の話だ?」
「ちょっと悩んでるんで、相談に乗って欲しいんです。気になる子の誕生日がもうすぐなんですけど、何をあげたら喜ぶかなぁって」
「本人に聞けばいいだろう」
何とも合理的な答えだ。
真砂らしいといえば真砂らしい。
サプライズなどとは無縁のようだ。
「それが出来れば苦労しません。ていうか、付き合ってたら軽く聞けますけど、まだそこまでじゃないし。仲が良い程度で、いきなりあげても引かれないぐらいのプレゼントって、何がいいんだろう。女の子って、何をあげたら喜ぶんでしょう?」
ここは経験豊富であろう真砂にアドバイスを貰えば間違いはなかろう、と思ったのだが、捨吉の言葉に、真砂はちょっと意外そうな顔をした。
「そんなもん、わかるかよ。つか、別に関係性なんてどうでもいいだろ。何かやりたいなら、誕生日に何が欲しいって聞けばいいじゃないか。仲良しなんだったらなおさら、それぐらい聞けるだろ」
サプライズ精神皆無の返しを受ける。
あれれ? と捨吉が首を傾げた。
「課長。今まで課長って、そういう記念日ってどうしてきたんです?」
この真砂であれば、何をやっても絵になりそうだが。
が、どうやらスマートに恋愛をこなしてきたはずの真砂は、捨吉の想像でしかないようだ。
「何だよ、記念日って。そんなものをしたことなどない」
捨吉の幻想をぶった切る。
「えっだって、相手の誕生日とか、クリスマスとか。何かプレゼントするものでしょう?」
「だから、そういうときは、相手に聞くもんだ。勝手に決めて欲しくもないものをやる羽目になるよりマシだろ」
「そうかもしれませんけどぉ」
不満そうに言いながらも、捨吉はどこか納得した。
こういう気遣いに欠けるところも真砂なのだ。
こういうところも、多分女子にとっては堪らない要素なのだろう。
何でもスマートにこなせそうで、実は不器用。
いわゆるギャップ萌えってやつ。
……ちょっと違うかもしれないが。
「それは課長だから許されるんですよぅ。中にはサプライズプレゼントを喜ぶ子だっているんですから」
「そうなのか?」
きょとん、と真砂が驚いた顔になる。
頭の片隅にもなかった考えなのだろう。
「女の子って、結構そういうの、好きなんですよ。誕生日とかに、何も用意してないふりして、お店に入った途端、店員総出でお祝いしてくれるとか」
「えっ。恥ずかしいだけじゃないのか、そんなもの」
思い切り真砂が引く。
こんなに驚いた課長を見るのは初めてだ、と捨吉はちょっと楽しくなった。
「そこまでじゃなくても、ご飯食べに行った最後に、さりげなくケーキを用意してるとか。送っていく車の後部座席に、バラの花束を用意してるとか」
あんぐりと、真砂は口を開けて捨吉を見ている。
「そ、そんなことを、女はして欲しいものなのか……」
心底驚いたように言う。
色恋に関しては、真砂はなかなか残念な男なのだ。
元々デリカシーというものがない。
細やかな愛情を与える、ということもないのだ。
「課長もちょっとは、そういうことしたほうがいいんじゃないですかね。普段してないなら、効果も抜群でしょうし」
自分のお悩み相談のはずだったのに、何だか真砂にアドバイスする羽目になってしまった。
結局捨吉のお悩みは解決されず、真砂はちょっとした衝撃に、それぞれう~ん、と頭を悩ませたまま会社に戻った。