一応電車はまだあるようだ。
 すっかり人気のない改札で、真砂は電光掲示板を見上げた。

「あれ、でも伊吹駅までしかないな」

 伊吹駅は途中の大きな駅で、そこからいろんな路線に分かれている。
 もうそろそろ終電の時間なので、それ以上向こうまでは出ていないらしい。

「とりあえず、伊吹駅まで行くか」

「うん」

「お前はほんとに、何も考えてないな」

「だって課長と一緒だもん」

「伊吹駅だって、まだまだ家からは遠いぜ」

 改札を通りながら、真砂が言う。
 その後をてこてことついて行きながら、深成がちょっと真砂を見上げた。

 来た電車は終電だ。
 伊吹駅で降りると、もうタクシーの姿もない。
 真砂はきょろ、と周りを見渡すと、すたすたと歩きだす。

「課長。どこ行くの?」

「ホテル」

 前を向いたまま、さらっと言う。
 一瞬深成の足が止まった。

 が、ここで置いて行かれたほうが怖い。
 知らない土地だし、電車はもうないのだ。
 すぐに深成は、真砂の後を追った。

 繁華街を抜けたところはホテル街だ。
 深成は落ち着きなく辺りをきょろきょろと見ながら、不安げについて行く。
 やがて真砂が足を止めた。

「……」

 その建物を見上げた深成の顔が、何とも情けない表情になる。
 派手なネオン。
 思い切りラブホテルだ。

 真砂がちらりと深成を見、手を掴んでエントランスに足を踏み入れた。

「か、課長~」

 情けない顔のまま、深成が若干足を踏ん張る。
 が、真砂の力には敵わないし、何より嫌いな人ではないので抵抗も微妙だ。

 ずるずると深成を引っ張ったまま、真砂は入ったところで決めた部屋を目指して、どんどん進んでいく。
 そしてランプの示すドアを開けると、深成を放り込んだ。

「……っ」

 入った部屋は案外普通で、大きなTVとソファに、小さなテーブル。
 が、やはりベッドが一際目を引く。
 当たり前だが大きなWベッドが、部屋の中央に、でんと鎮座していた。

「何を固まってる。俺と一緒に寝るのなんざ、いつものことだろ」

「そ、そうだけど……」

 状況が違うのだ。
 深成だって、ここが何を目的にしたホテルなのかぐらいはわかっている。
 真砂がとっとと部屋の中へ入ってしまうので、おずおずと深成も中に入った。

「折角だから、風呂入ろう」

 真砂が風呂場に行き、湯を張る。
 深成は思いっきり後ずさった。

「ちょ、あ、あのっ。お、お風呂って……。あの、あの、い、一緒に……?」

 先の言い方では、誘われているとも取れる。
 真砂はちょっと訝しげな顔をした。

「……一緒がいいなら、別に構わんが」

「ぎゃーーーっ!! な、何言ってんのーーっ!! か、課長と一緒にお風呂なんて、入れるわけないでしょーーーっ!!!」

 真っ赤になって、深成は、すささーっと部屋の隅まで飛び退いて喚く。
 その様子に、ぶは、と吹き出し、真砂は、ぱっと上着を脱いだ。

「ほら、入るぜ」

 上半身裸で、手を差し伸べる。
 深成はパニックになった。
 声も出ないようで、茹蛸のような顔で妙な汗を流しながら震えている。

「どうしたよ。鍋で汗かいたろう?」

 言いつつ、真砂が部屋の隅に棒立ちになっている深成に歩み寄り、そろ、と深成のチュニックの裾に手をかけた。

「脱がしてやろうか?」

「~~~~っっ!!!」

 最早深成は、頭頂から煙を出さんばかりだ。
 体温が上がり過ぎて、くらっとした深成は、耐えられなくなって、どん、と真砂に倒れ掛かった。

「おい、大丈夫か」

 真砂が深成を抱き留める。
 びくん、と深成の身体が強張った。

 何せ真砂は上半身裸だ。
 その素肌にもたれかかってしまった。

 ひえぇぇ、と思いつつも、ちょっと違う感覚も感じ、深成は、あれ、と真砂の腕の中で大人しくなった。

---何だろう。どきどきするけど、何か安心する---

 元々真砂の腕の中は、好きな場所だ。
 今はさらに鼓動をダイレクトに感じるせいか、いつもに増して親密度が違うというか。

「どうしたんだよ」

 暴れるでもなく怖がるでもなく、ただ大人しい深成を、真砂は訝しげな顔で覗き込む。
 ちろ、と視線を上げ、深成は、きゅ、と真砂の背に手を回した。

「ううん。わらわ、やっぱり課長が好きなんだなって」

 瞬間、真砂がちょっと微妙な顔をした。
 少し照れたように、ぱっと身体を離す。

「湯、入ったし。風呂入ってくる」

 言いつつ、ベルトを外しながら浴室に向かう。
 そして、思い出したように振り向いた。

「そうだ。お前、酒は残ってないのか?」

「ん? あ、えっと、ちょっとだけ残ってるけど、でもいつもよりは全然大丈夫」

「まぁあの軽いカクテルを、半分ぐらいしか飲んでなかったしな。だったら風呂ぐらい、一人で入れるか」

「あれ課長。それを心配してたの」

 風呂に誘ったのは、甘やかな理由ではなかったのかと、ちょっと安心した深成だったが、真砂は小さく息をついた。

「……それだけじゃないけどな」

 小さく言い、真砂はぱたん、と浴室のドアを閉めた。