慌てて深成は、ぶんぶんと首を振った。
そして、ちらりと、ちょっと前に立っているゆいに目をやった。
その視線を追った真砂が、思い切り顔をしかめる。
傍にいる派手な女に、氷の視線を突き刺した。
「あっ真砂課長」
さっとゆいが、手鏡を隠して姿勢を正す。
「誰だお前」
間髪入れずに真砂が返す。
ぴき、とゆいが固まった。
男前な真砂は、ゆいにとっても憧れだが、如何せん怖い。
真砂は存在自体が恐ろしいのだ。
故に会社はおろか、普段外でも声をかけられることもない。
皆遠巻きに見て満足しているのだ。
その憧れだが恐ろしい真砂に、この上なく冷たい視線で見られ、ゆいの先程振りかけた香水は、噴き出した冷や汗で流れてしまう。
「あ、ゆいさんだよ。それ、ゆいさんの鞄」
真砂とゆいの間に漂う凍り付いた空気に、慌てて深成が割って入った。
真砂は深成を見、次いでゆいを見た。
だがやはり、その眉間には深く縦皺が刻まれている。
「……自分の荷物ぐらい、自分で持て」
そう言って、ぼす、と鞄をゆいに押し付ける。
当然持ってやろうという優しさなどない。
今は真砂もでかい紙袋を下げているが(多分カニ)、例え自分は手ぶらであってもそうだろう。
相手が深成であれば違うかもしれないが。
それはともかく、ここは駅の改札である。
道行く人は、この男前と、引くほどの派手な女と、子供のような女子の妙な三人に、軒並み目を奪われていく。
変な空気になりそうになったときに、反対側から捨吉とあきがやって来た。
「課長~。お待たせしました」
捨吉の声に、ぱっと反応したゆいは、その横にいるあきに気付くと、眦をつり上げた。
「ちょっとあきぃ! 何してんのよ!」
「えっ、ゆ、ゆいちゃん?」
仲の良いはずのあきですら、その派手な女がゆいだとは、すぐにはわからなかったらしい。
捨吉も、思いっきり引いている。
だがゆいは、そんなことには気付かないようで、ずいっとあきに詰め寄った。
「二人で何してたのよぅ。一緒に来たわけ?」
「え、えっと。ほら、飲み物とかは、あたしたちで用意したほうがいいでしょ。買い出しに行ってたの」
「何であきなわけ? あんたが捨吉くんを誘ったの?」
厚化粧の盛り盛り頭に迫られ、あきはたじたじとなる。
格好も、あまり近寄りたくない感じだ。
この人の連れだとは思われたくない。
「違うよ。俺があきちゃんを誘ったんだ」
「何であきなのよ。あたし誘ってくれたら、付き合ったわよ?」
「そりゃ、あきちゃんが良かったから」
さらっと言った途端、ゆいが物凄い形相で捨吉を見た。
「あ、い、いや、ほら。ゆいさん、言っても先輩だし。こういうことは、下っ端がやるもんだし」
あまりの鋭い視線に、捨吉が言い訳する。
鋭い視線は真砂で慣れているはずだが、ゆいのそれは、種類が違う。
何といっても盛り盛りまつ毛のパンダ目で睨まれると不気味なのだ。
違う迫力がある。
「じゃあ羽月に言えば良かったじゃない」
先の言い訳に、ちょっと納得し、ゆいの機嫌は若干直った。
だが不満げに、唇を尖らす。
「羽月はなぁ。あいつ、時間通りに来ないし」
曖昧に笑いつつ、捨吉は時計を見た。
すでに六時十分だ。
「そういえば、千代姐さんは?」
あきが、きょろ、と周りを見回す。
そういえば、千代も来ていない。
ああ、と真砂が口を開いた。
「千代は先に行っていると、清五郎から連絡があった」
お? とあきの目がきらりと光った。
---先に行ってるって? 清五郎課長のところへ? そうよね、清五郎課長から連絡があったんだもの。え、じゃあ今、千代姐さんは清五郎課長と二人っきりでお家にいるの?---
わー、とあきのテンションが上がる。
---このままお家に行っちゃって大丈夫? 二人とも、ちゃんと服着てる?---
どこまで考えてるんだか。
あきがあれこれヤバい考えを巡らせていると、ようやく羽月が走って来た。
「ご、ごめ~ん。電車、乗り過ごしちゃった」
「もぅ、時間は守れよな」
ごん、と捨吉が羽月を叩き、羽月は真砂に頭を下げた。
「さ、じゃあ行こうか」
唯一清五郎の家を知っている真砂を先頭に、一行が動く。
「あんちゃん、荷物持とうか?」
「いいよ。深成は迷子にならないように、課長に引っ付いてな」
ぷぅ、と膨れながらも、深成はててて、と真砂に駆け寄る。
「あきちゃん、大丈夫?」
飲み物を持っている捨吉が、お菓子類を持っているあきに言う。
「大丈夫よ。スナックだから、軽いし。捨吉くんこそ、重いんじゃない?」
「平気だよ」
「捨吉く~ん、バッグ持ってくれない~? 重くってぇ」
少し遅れ気味について来ながら、ゆいが叫ぶが、捨吉はちらりと振り向いて苦笑いを浮かべた。
「ごめんね。俺、結構荷物持ってるからさぁ。あ、羽月に持って貰って」
さらっと断って、とっとと歩いて行く。
ゆいの鞄がやたらと重いのは事実だが、超厚底靴なのも歩きにくい要因だ。
断られ、口を尖らせたゆいは、傍にいる羽月に、ぼす、と鞄を渡した。
「あんた、それ持ちなさいよ」
「ええ、何でだよ~。ていうか、何持ってきてんのさ。超重い」
こういうゆいの態度には慣れているのか、羽月は文句を言いつつも、素直に鞄を持つ。
そんな後ろ二人を見つつ、あきはこそっと捨吉に話しかけた。
「羽月くん、すっかりゆいちゃんの下僕よねぇ」
「まぁ今日は遅刻したから、ゆいさんに罰を与えられてると思えばいいよ。それにしても、ゆいさん、凄い格好だな……」
「そ、そうね。ちょっとびっくりした。ゆいちゃん、あんな格好するんだぁ……」
ちょっと息を切らしながら、あきが言う。
それに、捨吉が手を差し伸べた。
「大丈夫? 荷物、やっぱり持とうか?」
「あ、ううん。大丈夫。ちょっと足が速いけど」
ああ、と呟いて、ちろりと捨吉は後ろを振り向いた。
ぎゃーすかと何か文句を言い合いつつ、ゆいと羽月が歩いている。
ゆいはせかせかと歩いているが、あの靴ではあれ以上の速度は出ないだろう。
元々前を行く真砂は足が速い。
当然待ってくれる優しさもない。
いつもなら捨吉が、全体を見つつ速度を調整するが、今はただ真砂について行っている。
ゆいたちとの間は、結構開いている状態だ。
「あの格好のゆいさんと、あんまり並んで歩きたくないんだよね……」
苦笑いを浮かべたまま、捨吉が言う。
つまり、今はゆいから逃げているのだ。
「そうよねぇ。ちょっとゆいちゃんを見る目が変わっちゃうわ」
プライベートで遊んだことはないが、あれがゆいのデフォルトだとしたら、今後の付き合いも考えねば、と思いつつ、ひたすら前の真砂を追う形で、一行は清五郎宅に到着した。
そして、ちらりと、ちょっと前に立っているゆいに目をやった。
その視線を追った真砂が、思い切り顔をしかめる。
傍にいる派手な女に、氷の視線を突き刺した。
「あっ真砂課長」
さっとゆいが、手鏡を隠して姿勢を正す。
「誰だお前」
間髪入れずに真砂が返す。
ぴき、とゆいが固まった。
男前な真砂は、ゆいにとっても憧れだが、如何せん怖い。
真砂は存在自体が恐ろしいのだ。
故に会社はおろか、普段外でも声をかけられることもない。
皆遠巻きに見て満足しているのだ。
その憧れだが恐ろしい真砂に、この上なく冷たい視線で見られ、ゆいの先程振りかけた香水は、噴き出した冷や汗で流れてしまう。
「あ、ゆいさんだよ。それ、ゆいさんの鞄」
真砂とゆいの間に漂う凍り付いた空気に、慌てて深成が割って入った。
真砂は深成を見、次いでゆいを見た。
だがやはり、その眉間には深く縦皺が刻まれている。
「……自分の荷物ぐらい、自分で持て」
そう言って、ぼす、と鞄をゆいに押し付ける。
当然持ってやろうという優しさなどない。
今は真砂もでかい紙袋を下げているが(多分カニ)、例え自分は手ぶらであってもそうだろう。
相手が深成であれば違うかもしれないが。
それはともかく、ここは駅の改札である。
道行く人は、この男前と、引くほどの派手な女と、子供のような女子の妙な三人に、軒並み目を奪われていく。
変な空気になりそうになったときに、反対側から捨吉とあきがやって来た。
「課長~。お待たせしました」
捨吉の声に、ぱっと反応したゆいは、その横にいるあきに気付くと、眦をつり上げた。
「ちょっとあきぃ! 何してんのよ!」
「えっ、ゆ、ゆいちゃん?」
仲の良いはずのあきですら、その派手な女がゆいだとは、すぐにはわからなかったらしい。
捨吉も、思いっきり引いている。
だがゆいは、そんなことには気付かないようで、ずいっとあきに詰め寄った。
「二人で何してたのよぅ。一緒に来たわけ?」
「え、えっと。ほら、飲み物とかは、あたしたちで用意したほうがいいでしょ。買い出しに行ってたの」
「何であきなわけ? あんたが捨吉くんを誘ったの?」
厚化粧の盛り盛り頭に迫られ、あきはたじたじとなる。
格好も、あまり近寄りたくない感じだ。
この人の連れだとは思われたくない。
「違うよ。俺があきちゃんを誘ったんだ」
「何であきなのよ。あたし誘ってくれたら、付き合ったわよ?」
「そりゃ、あきちゃんが良かったから」
さらっと言った途端、ゆいが物凄い形相で捨吉を見た。
「あ、い、いや、ほら。ゆいさん、言っても先輩だし。こういうことは、下っ端がやるもんだし」
あまりの鋭い視線に、捨吉が言い訳する。
鋭い視線は真砂で慣れているはずだが、ゆいのそれは、種類が違う。
何といっても盛り盛りまつ毛のパンダ目で睨まれると不気味なのだ。
違う迫力がある。
「じゃあ羽月に言えば良かったじゃない」
先の言い訳に、ちょっと納得し、ゆいの機嫌は若干直った。
だが不満げに、唇を尖らす。
「羽月はなぁ。あいつ、時間通りに来ないし」
曖昧に笑いつつ、捨吉は時計を見た。
すでに六時十分だ。
「そういえば、千代姐さんは?」
あきが、きょろ、と周りを見回す。
そういえば、千代も来ていない。
ああ、と真砂が口を開いた。
「千代は先に行っていると、清五郎から連絡があった」
お? とあきの目がきらりと光った。
---先に行ってるって? 清五郎課長のところへ? そうよね、清五郎課長から連絡があったんだもの。え、じゃあ今、千代姐さんは清五郎課長と二人っきりでお家にいるの?---
わー、とあきのテンションが上がる。
---このままお家に行っちゃって大丈夫? 二人とも、ちゃんと服着てる?---
どこまで考えてるんだか。
あきがあれこれヤバい考えを巡らせていると、ようやく羽月が走って来た。
「ご、ごめ~ん。電車、乗り過ごしちゃった」
「もぅ、時間は守れよな」
ごん、と捨吉が羽月を叩き、羽月は真砂に頭を下げた。
「さ、じゃあ行こうか」
唯一清五郎の家を知っている真砂を先頭に、一行が動く。
「あんちゃん、荷物持とうか?」
「いいよ。深成は迷子にならないように、課長に引っ付いてな」
ぷぅ、と膨れながらも、深成はててて、と真砂に駆け寄る。
「あきちゃん、大丈夫?」
飲み物を持っている捨吉が、お菓子類を持っているあきに言う。
「大丈夫よ。スナックだから、軽いし。捨吉くんこそ、重いんじゃない?」
「平気だよ」
「捨吉く~ん、バッグ持ってくれない~? 重くってぇ」
少し遅れ気味について来ながら、ゆいが叫ぶが、捨吉はちらりと振り向いて苦笑いを浮かべた。
「ごめんね。俺、結構荷物持ってるからさぁ。あ、羽月に持って貰って」
さらっと断って、とっとと歩いて行く。
ゆいの鞄がやたらと重いのは事実だが、超厚底靴なのも歩きにくい要因だ。
断られ、口を尖らせたゆいは、傍にいる羽月に、ぼす、と鞄を渡した。
「あんた、それ持ちなさいよ」
「ええ、何でだよ~。ていうか、何持ってきてんのさ。超重い」
こういうゆいの態度には慣れているのか、羽月は文句を言いつつも、素直に鞄を持つ。
そんな後ろ二人を見つつ、あきはこそっと捨吉に話しかけた。
「羽月くん、すっかりゆいちゃんの下僕よねぇ」
「まぁ今日は遅刻したから、ゆいさんに罰を与えられてると思えばいいよ。それにしても、ゆいさん、凄い格好だな……」
「そ、そうね。ちょっとびっくりした。ゆいちゃん、あんな格好するんだぁ……」
ちょっと息を切らしながら、あきが言う。
それに、捨吉が手を差し伸べた。
「大丈夫? 荷物、やっぱり持とうか?」
「あ、ううん。大丈夫。ちょっと足が速いけど」
ああ、と呟いて、ちろりと捨吉は後ろを振り向いた。
ぎゃーすかと何か文句を言い合いつつ、ゆいと羽月が歩いている。
ゆいはせかせかと歩いているが、あの靴ではあれ以上の速度は出ないだろう。
元々前を行く真砂は足が速い。
当然待ってくれる優しさもない。
いつもなら捨吉が、全体を見つつ速度を調整するが、今はただ真砂について行っている。
ゆいたちとの間は、結構開いている状態だ。
「あの格好のゆいさんと、あんまり並んで歩きたくないんだよね……」
苦笑いを浮かべたまま、捨吉が言う。
つまり、今はゆいから逃げているのだ。
「そうよねぇ。ちょっとゆいちゃんを見る目が変わっちゃうわ」
プライベートで遊んだことはないが、あれがゆいのデフォルトだとしたら、今後の付き合いも考えねば、と思いつつ、ひたすら前の真砂を追う形で、一行は清五郎宅に到着した。