「う〜ん、どれにしようかな」

 メニューを前に、深成はいつになく真剣な表情だ。
 その前で、特にメニューを見ることもしていない真砂が、ふんと鼻を鳴らす。

「悩むこともあるまい。お前はこれだろ」

 ちょい、と前から、深成の覗き込んでいるメニューの端を指差す。

「お子様ランチじゃんっ」

「何か?」

「わらわ、お子様じゃないっつーの!」

「ああ、確かに食う量は足りないかもな」

「そうそう、これっぽっちじゃ……て、そうじゃない! それ以前におかしいでしょーが!」

 コントかよ、というやり取りをする真砂と深成を、六郎は、じっと見た。
 千代はそんな六郎を、面白そうに眺めている。

 いつもなら真砂にべったりの千代だが、今は新たな獲物が前にいるのだ。
 千代にとって、少しでも関わり合いを持った男は、とりあえず落とすべき獲物になってしまう。
 よって今は、いつもより真砂への注意力が散漫になっているのだ。

---あらこの男、深成に随分ご執心のようね。これは面白いわ---

 瞬時に六郎の秘めたる想いを見抜いた千代は、俄然六郎に興味が湧く。
 他の女に向いている男の心をこちらに向かせることほど、やりがいのあることはない。

---幸い深成は、そこまで六郎を想ってるわけでもなさそうだし---

 ちろりと深成を窺う千代は、一応遺恨のないようにはしているようだ。
 同じシェアハウスに住まう者同士、無駄に色恋で諍いを起こしたくはない。
 これが本気の真砂相手なら、話は別だが。

「ねぇ六郎さん。ここは一つをシェア出来ますのよ。六郎さんは何がお好きかしら」

 ずい、と千代が、メニューを六郎に差し出す。

「わざわざSを食べるよりも、MかLをシェアしたほうがお得ですもの。嫌いな物は、あるかしら?」

 説明しながら、少し身を乗り出す。
 千代は六郎の前に座っている。
 机の上に両肘を付いて身を乗り出すと、自然と胸が強調される。

 ただでさえ、がっつり開いた胸元だ。
 それが、ずい、と近づき、六郎は我に返って慌てた。

「あっ……。え、そ、そうですね……」

 焦ってメニューに目を落とし、必死で千代から目を伏せる。
 その横で、深成が呑気に口を挟んだ。

「六郎兄ちゃんは、嫌いな物ないよね。わらわもだけど」

「お前が嫌いなのは、苦い物と辛い物だろ」

「それは嫌いなんじゃなくて、苦手なの!」

 真砂の突っ込みに、再び深成が声を荒らげる。
 そして、メニューを突き出すと、一点を指さした。

「そんな意地悪ばっか言ってると、これにしちゃうよっ」

 深成の指先の文字に目を落とした真砂は、僅かに顔を顰めた。
 カルボナーラ。
 不味くはないのだが、こってりとして、かなり重い。
 確実に真砂の好みではない。

 ちなみに何故深成が真砂のメニューを決めているかというと、千代も言ったように、この店では基本的に一つのメニューをシェアするスタイルなのだ。
 その場合、千代が真砂と組みそうなものだが、何故か真砂は深成としかシェアしない。
 なので、今はメニューを握っている深成に主導権があるのだ。