「何のために、わらわが苦労してそのリンゴを取ろうとしてたと思ってんのよっ」

「知るかよ。それでもこれでも同じだろ」

 ぷうぅっと膨れる深成を適当にあしらい、真砂はリンゴを食べ終えると、椅子に掛けてあったTシャツを着た。
 膨れながらも、深成は残りのリンゴを囓る。

 食べかけとはいえ、元々真砂は一口か二口しか食べていなかった。
 ほぼ半分丸ごと貰ったのと変わらない。
 それに。

「美味しっ。やっぱり何でか、真砂の選ぶ果物は美味しい」

 美味しいものを食べることが、何より幸せな深成だ。
 すぐに笑顔になって、リンゴを頬張る。
 真砂は冷めた目で、そんな深成を見た。

「さてと。朝ご飯は何にしようかな〜。あ、卵食べなきゃ。オムレツ作ろうっと。真砂、食べる?」

 冷蔵庫から卵を取り出しながら言う深成に、真砂が僅かに反応した。

 真砂は基本的に、人の作ったものは食べない。
 ここでは各自自炊だが、たまに同じ時間になった場合や、皆が揃いやすい夜などは、皆で作ったり誰かが代表で作ったりすることもある。

 真砂はあまり皆と時間が重なることもないため、食事自体を一緒にすることも大してないのだが、一緒になっても、ほとんど真砂が作っている。
 完全に誰かが作った食事を食べるということがないのだ。

 だが、何故だか深成の作るオムレツだけは食べるのだ。
 しかも、一人一つづつ作るのではなく、大きなオムレツを取り分ける。
 変な拘りだ、とは思うが、作るほうからしたら、一回で済むので有難い。

「ああ」

 思ったとおり、真砂が頷く。

「そんじゃ、卵二個にしようかな? 三つで作ろうかな」

 ぶつぶつ言いながら、ひょい、と身体を起こした深成は、思わず、ひえ、と声を上げた。
 手前の部屋のドアが開き、そこから顔半分出したあきと、目が合ったのだ。

「び、びっくりしたぁ〜。あきちゃん、起きてたんなら、出ておいでよぅ」

「何か、こそっと見てるほうが面白かったから。……おはよ」

 ちゃんと着替えたあきが、何か含み笑いをしながら出て来て椅子に座る。

「深成ちゃん、あたしもオムレツ食べたい」

「うん、わかった。あ、そうだ。真砂、今日何か予定ある?」

 卵を割りながら言う深成に、新聞を読んでいた真砂が顔を上げた。

「何だよ」

「わらわの幼馴染がさ、こっちに出て来てるんだ。迎えに行くの、付き合ってくれないかな」

「あ、昨日言ってた人?」

 あきが口を挟む。
 うん、と深成は頷いた。
 ここの皆には、昨日の夕ご飯のときに言ったが、真砂はいなかったのだ。

「そだ。真砂にも許可貰わなきゃ。ここに呼んでもいい?」

「皆がいいなら、それは別に構わんが。それより何で、迎えに俺まで駆り出されるんだ」

「だって、車持ってるの真砂だけじゃん。食材の買い出しもあるしさ」

 迎えはともかく、確かに買い物は行かねばならない。
 シェアハウスでは買い物の量も馬鹿にならないのだ。

「……まぁいいけどな」

「やった。じゃ、ご飯食べたら出かけようね」

 嬉しそうに言い、深成は手早く三人分のオムレツを作った。