「まだ食ってないのか?」

「あ、うん。だって、待ってようと思って……」

 言いながら真砂の後を追おうとした深成は、ぴた、と足を止めた。
 真砂はジーンズしか身に付けていない。
 あとはバスタオルを肩にかけているだけ。

 つまり、上半身裸の状態で、濡れた髪を拭きながら、キッチンに立っているわけだ。

「待ってなくてもいいのに。お前の卵、冷めただろ。レンジで温めるか?」

 自分の分を作るためか、冷蔵庫から卵を出しながら、真砂が言う。
 深成はちらりと視線を上げ、もじもじしながら首を振った。

「いい。熱々だったら食べられないもん」

「……子供だな」

 ふ、と笑い、割った卵をフライパンに落とす。
 じゅわ、と良い音を立てて卵が焼ける間、深成は落ち着きなく真砂をちらちら見た。

---そういえば、結局何もわからないままだな。キスの意味は教えてくれなかったけど、遊んでるわけでもないってことだよね……---

 よくよく考えてみれば、あのときのキスだって、もしかしたら夢だったのかもしれない。

---そうだよね。うなじのキスだって、見たわけじゃないからわかんないし---

 当たり前だが、うなじなど自分では見えない。

---雷の恐怖と、課長への甘えで、あんな夢見ちゃったのかもね。うん、きっとそう---

 そもそも本当に真砂が深成を好いているのであれば、もうちょっと普段も優しくなるものなのではないか?
 ……実は真砂の深成に対する態度は、十分違うのだが、本来がそう優しい人間でもないし、他の者と違う態度が出るのは、それこそふとした瞬間だけなので、深成でなくてもわからないかもしれない。

---ま、あんまりべたべたに優しい課長なんて、気持ち悪いもんね。遊び人じゃないってわかっただけでも、良しとしよう---

 確かに真砂の性格なら、遊ぶだけの女子など邪魔なだけだろう。
 もてるが、その辺りを上手く捌けるような技術はなさそうだ。

 真砂が卵とトーストを持って、深成の前に座った。

「いただきまぁす」

 言うなりハムエッグをトーストの上に乗せて、深成がかぶりつく。

「……美味し~~」

 むぐむぐと、やはりハムスターのように頬を膨らませて満面の笑みになる深成に、真砂は冷たい目を向ける。
 そしてマグカップにお湯を注ぐと、ティーパックを放り込んだ。

「お前、年末年始はどうするんだ?」

 マグカップを深成に渡しながら、真砂が聞く。

「ん~、特に。お掃除するぐらい」

「旅行の予定もないわけか」

「だって高い」

 真砂から受け取ったカップに、深成は砂糖を入れる。
 角砂糖三つ。
 真砂の目が、また冷たくなった。

「年末年始ってさぁ、寂しくなるよね。何か、寒いし」

「そうか? いつもと変わらん」

「ええ? だって大晦日なんて、年越し蕎麦食べるじゃん。一人で食べるのって寂しいよ~?」

「いつもそうなんだろ?」

「そうだけどさ」

「嫌ならとっとと寝りゃいいじゃないか」

「それはやだ。大晦日は特別だもん」

 変な奴、と呟きつつ、真砂もトーストを齧る。
 深成は紅茶を飲みながら、ぐるりと家の中を見渡した。
 前来たときと変わらない、殺風景な部屋。

「このお家こそ、寂しいじゃん。誰もいないし。うさちゃんもいないじゃん」

「そんなもんいても、邪魔なだけだ」

「わらわ、毎年大晦日は寂しいと思うけどな~」

 ごくごくと紅茶を飲む深成をちらりと見、真砂もマグカップを手に取った。

「なら、ここにいるか?」

「ん?」

「一人で寂しいというのなら、年明けまでここにいる、という手もあるぞ」