「おい、どうしたんだ。ほんとに大丈夫なのか?」

「うわぁ~~ん!! うえっく、うえぇっっっく」

 いきなり激しく泣いたので、息が詰まる。
 妙な嗚咽に、真砂はバスタオルを掴むと、浴室のドアを開けた。

「大丈夫か? 何があったんだ」

 浴槽にしがみついて泣いている深成の前にしゃがみ込む。

「か、課長……。何で課長はあのとき、わらわにキスしたのっ」

 深成の頭にバスタオルをかけて覗き込んでいた真砂の動きが止まる。
 ちなみに深成は当然裸だが、湯に浸かっている状態だし、浴槽にしがみついているので、身体は背中しか見えない。

「課長っ。わらわが派遣だから、丁度いいって思って遊んでるのっ」

 己の状況も忘れ、深成は真砂に掴みかかる。

「何言ってる。落ち着け」

 湯から伸び上った深成を手早くバスタオルでくるんだ上で、真砂は深成の肩を掴んだ。

「俺は余計なものは傍に置かないと言ったはずだ。遊ぶためだけの女なんざ、それこそ余計なものでしかない」

 えぐえぐと泣いていた深成が、ようやく顔を上げて、真砂を見た。
 やっと落ち着いたと見、真砂はぐしゃぐしゃと深成の頭を撫でると、そのままざば、と深成の身体を抱き締めるように抱え上げた。

「……あ、課長。濡れちゃうよ」

「すぐに風呂に入るからいい」

 軽々と深成を抱えたまま、真砂は脱衣所に出た。
 幸い深成は小さいので、バスタオル一枚で全て隠れる。

「さ、さっさと服着て出て来い。風邪引くぞ」

 すとんとマットの上に深成を下ろすと、真砂は脱衣所を出て行った。
 しばし呆然と閉まった戸を眺めていた深成だったが、ようやくそろそろと巻かれたバスタオルで身体を拭いた。

 髪を拭きつつリビングに戻ると、ほんわか良い匂いが漂っている。
 見ると、真砂がテーブルに朝食を並べていた。

「良い匂い……て、課長っ!!」

 食べ物の匂いに、再度ほにゃ、と顔が緩んだ深成だったが、振り向いた真砂を見た途端、叫び声を上げた。

「何だよ」

「だってっ! 裸じゃん!」

「前が開いてるだけだろ。大袈裟なんだよ」

 深成の言うように裸ではないのだが、シャツの前が全開だ。
 確か起きたときはTシャツだったはず。
 おそらくそれが濡れたので、脱いでシャツを羽織ったのだろう。

「先に食っておけ」

 短く言い、シャツを脱ぎながら、さっさと浴室に向かう。
 上半身を唯一覆っていたシャツを脱がれ、慌てて深成は回れ右をした。

 テーブルの上には、サラダにハムエッグ。
 ポットの横には紅茶のティーパックとマグカップが置かれている。

 そして深成が椅子に座るのを待っていたかのように、トースターが、チン、と音を立てた。
 そろりとトースターを覗いてみると、こんがりと焼けたトーストが二枚。

---ほんと、お嫁さんの必要性を感じない……---

 何となく落ち込んでしまう。

 テーブルに突っ伏していると、いつの間にやら眠ってしまったようだ。
 ふと気付けば、至近距離で真砂が覗き込んでいた。

「……わっ!! か、課長っ」

「また寝てんのか。あれだけ熟睡しておいて」

 呆れたように言い、真砂はキッチンに歩いていく。