「そういえばさ……。わらわ、また課長のお家にお泊りしちゃったね」

 ようやく昨夜のことを思い出しつつ、深成が真砂の横に来て言った。
 昨夜は途中から記憶がない。

 でもこのすっきり感では、酔っ払って記憶が飛んだわけではなさそうだ。
 眠かったし、単に寝てしまっただけだろう。

「ま、店を出た直後から、お前は夢の中だったしな」

 う~ん、と深成は記憶を辿る。
 店の記憶も、あるにはある。
 千代に水を貰ったのだって覚えているし、その後廊下で千代に駄々をこねたのも覚えている。

 そのすぐ後に、真砂に負ぶわれたのだ。
 そこからの記憶がない。

「そっかぁ……。やっぱりわらわ、課長に引っ付いてると安心しちゃうんだ」

 ちら、とフライパンを熱しながら、真砂が視線を上げる。

「課長がおんぶしてくれたからさ、もう安心って思って、意識を手放しちゃった」

「お前なぁ。何で俺だとそんなに安心するんだ。俺はそんなに面倒見がいいわけでもない。よく知ってるだろう」

「知ってるけど。課長はわらわのことは、ちゃんと見てくれるもん」

 つん、と顎を上げて言う深成に、真砂が何か言おうと口を開きかけたとき、風呂が沸いたことを知らせるチャイムが鳴った。

「……先に風呂、入ってこい」

「え、いいの?」

「バスタオルは、前にどこにあるかわかっただろ。今日は着替えはいらないな? 下着もつけずに出てくるなよ」

 しっしっと追い払うように手を振る真砂に追いやられ、深成は、お先に、と言いつつ脱衣所に入った。

---そういえば、この前は下着はちゃんと洗濯したんだったな。今日は仕方ないか。帰るだけだもんね---

 よいしょ、と服を脱ぎ、浴室に入る。
 人の家なので、先に身体を洗ってから、ゆっくりと湯船に浸かった。

「あ~いい気持」

 ぽやん、と深成の顔が緩む。
 しばらくぼんやりと湯船に浮かんでいた深成は、ようやくいろいろなことを考え始めた。

---昨夜はともかく……。そういやこの前って……---

 昨夜は真砂は別のところで寝ていたようだし、上着はなかったが、服に乱れはなかった。
 だから特に何事もなかっただろう。

 が、この前は違う。
 何となく今まで深く考えずにきたが、よくよく思い返してみれば、あのとき真砂にキスされたのではなかったか。

---えっと……。わらわ、すでに眠くなってたから、よくわかんないけど。確かあのとき課長、何か言ってたよね。千代だったら、送ることもしないとか。あっ! もしかして、うなじにもキスされてない? えっと、もしかしてわらわ、すでに課長に抱かれたの?---

 あわわわ、と今更ながらに赤くなる。

---でもでもっ。あの後課長、別に態度に変化もないし。相変わらず罵声は浴びせるし、優しくもないしっ。付き合おうとかもないしっ!---