「あきちゃ~ん、もう一軒行かない? 俺、おごるよ~?」

 店の外で、捨吉があきに声をかけた。
 が、あきは、ぷん、とそっぽを向く。

「やぁよ~。捨吉くん、べろんべろんじゃない。清五郎課長も行くなら行くけど」

「おいあきちゃん。俺にこの酔っ払いを押し付けようとしてるだろ」

「だって、あたしじゃ手に負えませんもん」

「まぁなぁ。確かに」

 苦笑いしつつ、清五郎は真砂を振り返った。

「どうする? 解散するか? どっかに行くか?」

「……それ以前に、俺の背中の奴は、すでに夢の中だ」

 相変わらず渋い顔の真砂が、低い声で言う。
 その背に負ぶわれている深成は、幸せそうに、くーすかと寝息を立てていた。

「人の背中で、こうも熟睡出来るもんかね。子供じゃあるまいし」

 深成を覗き込みながら、清五郎は感心したように言う。
 そして、先のタクシー乗り場を見た。

「そこまで気持ち良さそうに寝られたら、何か起こすのが可哀想だな。真砂は帰るか」

「帰るにしても、一旦は降ろさにゃならんけどな。ここまで熟睡してたら、こいつのことだ、降ろしても起きないような気がする」

 憮然と言い、真砂は千代に目を向けた。

「千代。こいつは別に、吐いたりしてないだろうな?」

 真砂の懸念はそこにある。
 今ここで吐かれたら、思いっきり巻き添えだ。

「ええ、別に顔色も悪くありませんでしたし、気持ち悪いとも言ってませんでしたので、それは大丈夫だと思いますけど……」

 微妙な表情で、千代は真砂を見る。
 好きな男が他の女子を負ぶっているのは、確かに気分の良いものではない。

 だが、真砂の立場からすると、仕方ない部分もあるのだ。
 それもわかるため、千代は無理やり『課長としての立場』故の行動だろうと、気持ちを落ち着かせる。

 それに何より、千代の考えでは、真砂のような大人な男が、深成のように幼い女子に落ちることなどない、と思うのだ。
 仕事も出来て見かけも申し分ない大人な真砂には、似たように仕事の出来る、美しい己のような女子が似合う。
 ……そのはずである。

 だから、いくら深成が可愛くても、真砂にその気はないはずなのである。

「課長は、帰ってしまうんですの?」

 それでもやっぱり名残惜しげに言う千代に、真砂は、ふぅ、とため息をついた。

「しょうがないだろ。こいつを放っておくわけにはいかんし」

「そう……ですわね」

 久しぶりに会ったのに、大して話さないまま別れるのは辛い、と、千代は真砂を見る。
 別にその想いに応えたわけでもないが、不意に真砂が、千代を真っ直ぐに見た。

「そうだ。年が明けたら、お前の研修結果を聞くからな。会議室でじっくり聞くから、覚悟しておけ」

「! は、はいっ!!」

 途端に千代の顔が輝く。
 真砂としては、研修の報告を受けるためだけなのだが、研修報告だって大事な仕事だ。
 長かった研修内容を、いかに上手に上司に報告出来るかも、その者の評価に繋がる。

 そこを見極めるため、会議室で聞く、と言ったのだが、千代からすると、真砂と二人で部屋に籠れるわけだ。
 それだけで、最早仕事始めが待ち遠しい。