「うええぇ~~ん」

 納会が始まってから一時間後。
 そこここで皆楽しく飲みながら談笑している。
 が、深成は必死でキーボードを叩いていた。

「何で皆、お仕事終わってんのさ~。わらわ、おやつも食べずに仕事してるってのに~」

 しくしくと泣きながらキーボードを打つ深成に、捨吉が駆け寄ってくる。

「ほら深成。ちゃんと深成の分、取ってきてあげたよ。うん、偉いねぇ、深成は。これ食べて頑張るんだよぉ~」

 ずい、とお皿に盛られたサンドイッチとお菓子を差し出す。

「わぁあんちゃん、ありがとう~」

 食べ物を見た途端、ぱ、と深成の顔が輝く。
 捨吉はそんな深成の机に腰掛けると、ぐりぐりと彼女の頭を撫でた。

「ほんとに深成は可愛いねぇ。でも食べ物に釣られてばっかじゃ駄目だよ~? 知らない人に貰ったものなんか、食べちゃ駄目だからね~?」

 見ると捨吉は、缶チューハイを持っている。
 すでに結構出来上がっているようだ。

「いくら何でも、そこまで無防備じゃないもんっ」

「どうかなぁ~。飴玉あげるからついておいでって言われたら、ほいほいついて行きそうで心配だなぁ~」

「ちょっと。わらわ、大人なんだからねっ。さすがにそれはないよ!」

 捨吉を見上げつつ、ぶーぶー言っていると、千代がシャンパン片手に深成を覗き込んできた。

「ふ~ん、なるほど。それやってるの。どれ、あとどれぐらいあるんだい?」

 隣の椅子を引き寄せて、足を組む。
 持っているものが紙コップでなく、ちゃんとしたグラスだったら、さぞかし絵になる態度だ。
 色気に中てられ、捨吉が少し身を引いた。

「まだこんなにあんの。千代ぉ、よくこんなに毎日こなしてたよねぇ」

「私は他の雑務はなかったからねぇ。ま、慣れもあるだろうし。……これだけかい。じゃ、少し手伝ってやろうかね」

 鞄からPCを取り出し、千代は深成の机に積んであった書類を半分取った。

「え、そんなに?」

「これぐらいなら、私にかかればすぐだよ」

 ふふん、と笑い、PCを立ち上げると、千代は、たたたた、と手早くキーボードを打っていった。
 その仕事ぶりに惚れ惚れと深成が見惚れていると、フロアの扉が開いて、真砂が帰ってきた。
 納会が始まってすぐに着替えに行ったはずだが、どうやら着替えるためにはまた社長室に行かねばならなくて、案の定そこでまたミラ子社長に捕まっていたようだ。

「あっ課長っ! お久しぶりです!! お会いしたかったわぁ~」

 ばっと千代が立ち上がり、再び真砂に挨拶する。
 横を通りざま、また素っ気なく『ああ』と返しただけだった真砂だが、ちらりと深成の机を見、次いで横の千代に目を移した。

「千代が手伝ってくれりゃ、大分楽だろ」

 言いつつ、とん、と深成の机に紙袋を置く。
 僅かに漂う良い匂いに反応し、深成が紙袋を開けると、そこにはタコ焼きがごろごろ入っていた。

「うわぁ、すごーーい! どうしたの、これ」

 ぱぁっと顔を輝かせ、深成が真砂を見る。
 ほんの僅かな匂いに反応する深成の鋭さに引きつつ、真砂は自分の机についた。

「社長室でのパーティーのおこぼれだ。何かマサグループの社長と、いろんなタコ焼きを作っていた。……甘い匂いがしてたから、まぁ……お前向けだろ」

 少し顔をしかめながら、真砂が言う。
 深成はひょい、とタコ焼きを一つ摘むと、ぱくりと口に放り込んだ。

「わぉ。何これ。……あ、何か出てきた。フルーツ?」

 むぐむぐと口を動かしながら言う深成に、真砂は軽く目を閉じた。
 眉間には皺が寄っている。

「いちごだぁ。へ~、ふわふわの生地に、いちごの酸味が絶妙にマッチしてる」

 深成の導き出した答えに、真砂の眉間の皺が深くなる。

「美味しい~。生地もちょっと甘いみたい。さすが天下のマサグループ。課長も食べる?」

「いらん」

 光の速さで拒否する。
 美味しいのに、と言いつつ、深成はもう一ついちごタコ焼きを口に入れると、PCに向き直った。